【情シス奮闘記】第7回 マーケティング力強化を目指し“現場が使いこなす”情報分析システムに刷新 資生堂
化粧品の国内トップシェアを誇る資生堂は「100年後も愛され続ける企業」を掲げ、2015年度から2020年度までの中長期戦略計画「VISION 2020」を策定した。2020年をメドに売上高1兆円を目指す。足元では、研究開発・技術力、グローバルな事業展開力、化粧文化や美の提案力など、すべてを顧客起点で再構築を行い(1)骨太ブランドの創造(2)成長分野の投資(3)現場直結型の組織に取り組む。
魚谷雅彦・執行役員社長兼CEO(最高経営責任者)は計画の達成に向け、「社員全員がマーケッターになる」という目標を掲げた。そのカギとなるのが、営業社員に有益な情報をもたらすことのできる顧客・売上などの情報分析システムだ。
資生堂ジャパン ビジネスシステム部 石田尚嗣氏
資生堂では目標の実現に向け、この情報分析システムの刷新を行った。資生堂にとって生命線ともいえるシステムの再編成にはどんな取り組みや苦労があったのか。プロジェクトマネージャーを務めた資生堂ジャパン ビジネスシステム部の石田尚嗣氏に聞いた。(取材・文:水上健)
この記事の目次
システム老朽化で情報分析・検索の処理が低下
VISION 2020の達成のためには、営業第一線の現場に立つ社員たちがマーケティングをフル活用するための営業体制再構築の必要が生じた。
資生堂ではもともと単独の販売管理システムが200以上あり、それを1つのシステムに統合した旧情報分析システム「B-NASS(ビーナス)」を2008年に構築、営業活動の支援を行ってきた。しかし、2008年から蓄積されたデータ量が膨れ上がり、システムインフラ的に蓄積することが困難な状況に加え、システム老朽化によるデータ分析・検索時間のパフォーマンスが劣化していた。ビジネス環境の変化から「マシンのスペックが追い付いていない状況だった」と石田氏は説明する。分析や検索速度が著しく低下したことでPCの前での待ち時間が発生。業務効率が低下し現場からは改善を求める声が上がり始めていた。
一方で、資生堂は2016年から決算期を3月末から12月末に変更することを2014年に決定。連結子会社との決算期を統一したのだが、その影響で販売管理のサイクルも変更になり、さらに大きな負荷がかかることが確実視されていた。従来の情報分析システムはハード、ソフトで、大きな課題を突き付けられていたのだ。
そこで資生堂では、現状のシステムのままでは「全員マーケッター」になるために必要な情報分析ができないとの判断を下し、新システム開発・導入の検討に入った。
「業務活用が進む」を掲げて新システムを構想
資生堂では入会金・月会費無料の会員制サービス「花椿CLUB」を提供している。サービスではオンラインショップや対象店の店舗での購入ポイント、カウンセリング履歴、Webで受けたカウンセリング結果、ビューティープランなどを確認することができる。お気に入りの商品や店舗の登録も可能だ。
これまでは花椿CLUBメンバーに活用する顧客分析システムを異なる3システムで運用してきたが、今回の新システム開発に伴い、3システムを1つに統合し、必要な要件定義を盛り込むことも決定した。これには2008年のB-NASS開発時は販売管理システムの数が多すぎたため、顧客分析システムの着手が保留になっていた背景もある。
新システムのコンセプトは「業務活用が進む仕組み」にすること。そのために「検討を繰り返した」と石田氏は語る。今後のデータ量の蓄積に耐えると同時に、利用環境に合わせてフレキシブルに対応可能で、利用者の使い勝手を考えた検索・分析パフォーマンスの最速を求めた。
2008年から稼働していたB-NASSはビジネス環境の変化に伴い、現在使わない機能が多く見られた。そこで「約1400あった販売管理システムの画面数を、必要な約300まで削り落とした」(石田氏)という。
石田氏は2004年に資生堂に入社し営業部に配属された。2009年には情報企画部に抜擢されて異動。現在はビジネスシステム部に所属する。ビジネスシステム部とは資生堂が新ビジネスを立ち上げる際に、商流・物流を包括したマーケティングを横断的にマネジメントしながら、国内営業をサポートする部署だ。「理系ではないので、ITに関してのリテラシーはほとんどなかった。異動当初は営業社員が実際に行うシステムの使い方など、現場目線からいろいろ説明しながら徐々に開発にまで携わるようになった」と石田氏は振り返る。事業部門の考え方を「どのようにシステム化するか」と検討をしていくなかで、石田氏は段階的にスキルアップをしていった。
「最速の処理」と「止まらないシステム」を目指し構築
新システムのための社内プロジェクトの発足は2013年冬。そのタイミングで新たな課題も浮上した。「店頭売上一本化」だ。これは「在庫を溜めない仕組みづくり」という全社的な取り組みを受けた施策。販売会社の売上と店頭の売上で異なる指標を改め、2014年度から店頭売上のみを指標とし、販売会社の売上はあらゆる階層の評価から除外することになったのだ。
この対応はB-NASS以外に対応できるシステムがなかった。また、店頭売上のデータ種類は、非常に多岐にわたるため、データの集約と「見せていい範囲といけない範囲の区分をすることで権限制御がシステムを複雑にする」(同)という課題が発生した。店頭の売上は店舗の資産となるが、閲覧可能な権限管理は数万人単位で管理をしており、その権限数は店舗の数だけ必要となった。資生堂の専門店は全国で1万8000店。ドラッグストアやチェーンストア、コンビニも含めると14万店を超える膨大な数に上る。
加えて、店頭売上の一本化では、営業担当社員は店頭での売上対策を求められた。「マーケティングの実践は、店頭売上の分析、お客様の購買情報などのデータ分析が不可欠。その要素も加味して新システム開発に携わった」と石田氏は話す。
石田氏はプロジェクトマネージャー(PM)として構想段階からかかわり、こうした課題の解決を念頭に新しいシステムを計画。同時に営業部門にヒヤリングを行い「速度(パフォーマンス)を改善してほしい」「たくさんメニューがありすぎて分からない」などの声も拾い上げた。
システムの構築にあたっては当時のクラウドシステムは費用対効果に見合わなかったため、オンプレミスを選択。最速を引き出せるハードとして、IBMのCPU「POWER8」を搭載したUNIXサーバーとオールフラッシュのストレージ採用を決定した。
次にシステムベンダーの選定に移った。大手システムベンダー数社に依頼を行ったのだが「現状システムの操作方法を変えずに、インフラ環境に適合したマシンによるスピード向上などの仕組みを提案してくれた」(同)という、新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)に決定した。
実はNSSOLはB-NASSの開発、運用保守などを手がけていた。そのため、システムの内情をよく把握していたことに加え、このシステムが「販売管理、マーケティングの仕組みといいながら、資生堂の心臓部のため止まることは許されない」(同)ことから、万が一のことが起きた際には、NSSOLの咄嗟の対応力を大きく期待しての選択だった。
教育面も重視 コンセプトは“誰も置いていかない”
新システムは「B-NASS+(ビーナスプラス)」と名付けられた。「B-NASS+」は2015年10月からの稼働開始に向け、着々とプロジェクトが進行していった。石田氏はプロジェクト全体の進行管理に追われる日々が続いた。そして開発も大詰めを迎えた15年10月には、全国の事業所のシステム管理担当社員を対象にプレオープンを行った。
ここで石田氏は「プロジェクトで最も注力し、そして最も苦労した」という社員へのトレーニングを実施する。北海道から沖縄までの全事業所社員1300名を対象に、本稼働直後の2か月間をかけて、全国行脚でトレーニングを行ったのだ。もちろん石田氏1人では不可能なため、各事業部から派遣された教育部隊を伴い、各地域で5~6名のチームを編成した。
研修のコンセプトは「誰も置いていかない」。研修メニューの基本はシステム活用のケーススタディだった。一方で「どんなにいいシステムを作っても現場が使いこなせないと意味がない。システムは“どうやって使わせるかだ”と考えた」と石田氏は強調する。
ケーススタディは職掌単位で異なっていた。使用するケースを全て想定し、プログラム(レジュメ)を作成。石田氏はレジュメ作りや打ち合わせなどを本来業務と並行しながら半年間かけて行ったという。
研修で石田氏は冒頭でレジュメを配った後に受講者に対し「誰も置いていかないので、分からなかったら、すぐテーブル担当を呼んでください」と声を大にしたという。分からない、ついて来られない人を即時フォローするため、テーブルに担当者を常駐させながら、落ちこぼれを誰一人出さないように徹底したトレーニングを行った。「他社さんの事例を含めて、システム担当者は教育面を言及されていない。実はそこが一番重要だと思う」と石田氏は強調する。
「B-NASS+(ビーナスプラス)」のトレーニング風景(資生堂提供)
後日、石田氏が外部セミナーで今回のプロジェクトを講演した際には、このトレーニングに触れた途端、聴講する人たちが目を光らせ、会場中でペンを走らせる音に気が付いたという。このことから「やはり肝になるのは教育なのだと実感した」と石田氏は笑う。
社内から高評価の新システム 稼働後の課題解決にも取り組む
こうした苦労もあり、B-NASS+は無事に予定通りに稼働した。導入後のシステムは処理速度1つをとっても当初考えていたものと「遜色がなく、及第点のできだった」(石田氏)という。
しかし、稼働間もない頃に新たな課題が発生する。販売管理システムでは旧システムとの互換性は合致したが、複数の仕組みを活用していた顧客分析システムを1つのシステムに統合した弊害が表面化したのだ。そして現場からの問い合わせが相次いだ。
具体的には本来合致するはずの数値が異なるケースが発生していた。顧客分析をする際に「顧客」を軸で分析するのか、「店舗」を軸にするのかの違いから、検索結果の導き出した数値が変わってしまったのだ。
例えば、ユーザーの全ての購入回数と行きつけの店舗での購入回数は、軸が異なるために差異が生じることがある。これはちょっとした買い足しで、いつもと違う別店舗で買い物する時に発生してしまう。システムの目的や性格が異なるために差異が生じたものだという。
「これは矛盾ではなく、双方の数字は間違ってはいない。異なる目的の仕組みがメニュー別に1システムに統合することで、『このメニューの実績と、このメニューの実績が違う』と数多く問合せをもらい、差異が出た原因を理解してもらうことに時間をとられた」と石田氏は苦笑する。これを受け、石田氏は現在、土台部分の再構築を検討し、社内のユーザーが見やすく、分かりやすくなるように来年度の完了を目指して改善に取り組んでいる。
一方でうれしいこともあった。「速くなった、非常に助かる、画期的だ!」という声が社内から多数寄せられたのだ。事業部門側で行ったアンケートでは90%以上が5段階評価の最上位となる「非常に助かる」と回答していた。
提案書作成レポート画面
モニタリング機能画面
「B-NASSを使い倒している人ほど、B-NASS+のパフォーマンスを体感できる。処理速度が向上したことで結果の表示が速くなり、分析などのマーケティングに費やすための考える時間が劇的に増えた。旧システムと比較して会社全体で年間約12万時間の検索待ち時間を効率化できたので、その分マーケティングのための時間を創出できたと自負している」と石田氏は導入効果を話す。まさに「全員マーケッター」のためのITツールが完成したのだ。
今後はオンプレミスからクラウドへの移行を視野に入れている。365日・24時間使えることで営業の業務効率化を狙う。また「業界標準のカテゴリーマスターの分析軸の追加」も考えている。現状では小売業界で標準の販売データのカテゴリー分類と資生堂のカテゴリー分類が異なっており、「その部分をシステム側で埋め合わせできれば、お得意先様と同じ目線となり、営業担当は商談がやりやすくなる」と石田氏は期待している。
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