【情シス奮闘記】第2回 社員の写真投稿システムを自社開発 外国人向けイベント情報の切り札に 昭文社
地図やガイドブックなどを企画・制作する出版事業と、これらデータを活用した電子事業を中心に展開する昭文社。近年は地図や観光情報といった豊富なコンテンツ力を武器に、インバウンドやWeb、モバイル事業に力を入れている。その昭文社が観光地やイベントなどのガイド情報を収集・管理するシステムを導入した。多様化する旅行者のニーズを満たす情報を提供できるようにするのが狙いだ。(取材・文:折川忠弘)
昭文社が導入した社員が写真を投稿できるシステム。画像は桜の写真などのガイド情報を表示したアーカイブスの画面
システム導入に踏み切った背景と、その効果について、基盤情報制作本部 情報技術部 システム開発課の清水健司課長と新谷香織さんに話を聞いた。
(左)清水健司・基盤情報制作本部 情報技術部 システム開発課課長、基盤情報制作本部 情報技術部 システム開発課の新谷香織さん
外国人向け観光情報を収集する環境整備が急務に
観光事業、とりわけ日本を訪れる外国人観光客向けの事業を新たに打ち出す企業は少なくない。中国をはじめとする近隣諸国の急成長はもとより、円安による相乗効果によって日本を訪れる外国人が増え続けているからだ。日本政府観光局(JNTO)の調べによると、2015年に日本を訪れた外国人は1900万人を超える。これは前年に比べて47.1%増と高い値だ。2003年の訪日外国人が503万人だったことを踏まえると、10年余りで約4倍も増えている。
観光情報の出版を事業としてきた昭文社にとって、インバウンド事業が注力分野であることは論をまたない。同社の場合、2020年の東京オリンピック開催が決定した2013年からインバウンド事業を本格化。外国人向けのWebやアプリ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を提供するブランド「DIGJAPAN!」を立ち上げ、日本の観光地やイベントなどを、アジア地域を中心に配信している。
しかし、昭文社では、もともと外国人向けのガイド情報を多数保有していたわけではない。「当社が保有する写真などのガイド情報は、主に出版物に載せるために集めたもの。加えて外国人向けの観光情報と日本人向けのそれとは必ずしも一致しない。当社保有の既存資産を外国人向けにそのまま流用できるわけではない」(清水課長)という。出版物に掲載する観光情報は、すぐ古くならない、あるいはすぐ変更されないものが前提だ。そのため「期間限定のイベントや一過性の高い人気スポット、季節ごとに変わるツアーや料理のコースなどに関する情報が必要だった」と清水課長は振り返る。
ただ、期間限定イベントの写真や詳細情報を収集するのは容易ではない。「開催期日が限られた日本各地のイベントをすべて取材するのは難しい。時間はかかるしコストも膨らみかねない」(同)。同社ではガイド情報の鮮度を保つため、定期的に観光地などを取材して情報をアップデートはしているが、「定期的に取材する時期をイベント開催期間に合わせたとしても、すべてのイベントを網羅できない。イベントは開催する度に内容が変わることが多く、一般的な観光地よりも情報の更新頻度が高い」(同)のが理由だ。そのため、これまでの情報収集体制では、最新イベントをもれなく集めるのは現実的に厳しかったという。
社員がプライベートで集めた写真・情報を収集・活用へ
Webやアプリ、SNSを介して最新のイベント情報を外国人に発信するためには、イベント情報を効率よく収集する仕組み作りが欠かせない。こうした課題が顕在化する中、社員からはさまざまな解決策が上がったという。そんな中、幹部社員の一人が次のように発言したことで一気に解決へと進み出した。
「これだけ旅好きの社員が多いなら、全社員に協力を呼びかけることで相当の写真や情報が集まるのではないか」。昭文社は地図やガイドブックを制作するのが本業で、社内には旅行好きが多数在籍している。そんな事情を踏まえた発言だった。
これを機に、社員による情報投稿システムの構想が浮上。2014年秋から新システム構築に向けて動き出し始めた。
新システムに求める要件として優先したのは「社員が億劫がらずに投稿できる敷居の低さ」と新谷さんは強調する。写真などのイベント情報を投稿する作業は、社員にとって業務と直接関係ないケースが多い。そのため「社員の投稿する意欲や自発性を損なうシステム像を描くべきではないと考えた」(新谷さん)という。具体的には、システムに不慣れな人でも容易に投稿できるインターフェイスや画面の見やすさを重視した。
クラウドも新システムが備えるべき要件だった。「将来的にどのくらいの写真や情報が集まるのか予測するのは難しい。短期間でシステムを構築するためにもクラウドを前提にシステムを検討した」(清水課長)。クラウドならストレージの容量をキャパシティプランニングする必要はないし、低予算でシステムを導入できるといったメリットも見込める。
新システムではパッケージのグループウェアを導入することを検討したが、最終的には自社開発が妥当と判断した。「当社では、旅館や商業施設、温泉、観光地、イベントなどをデータベース化して管理するシステムを運用している。これら情報と連携し、必要な情報を相互に呼び出せる環境を構築したかった」(新谷さん)のが理由だ。
例えば「富士山」という観光地情報のIDを両システムで共通化しておけば、既存システムと新システムから富士山に関する情報を横断的に収集できる。新システムに投稿された観光地情報を、既存システムが保有する古い情報と差し替えるといった使い方も可能だ。こうした連携を考慮するなら、自社開発の方が求める要件を満たしやすかったという。
このような思想のもと、ユーザーとなる社員に試験的に使ってもらい、フィードバックをシステムに反映する作業を繰り返した結果、システムは約半年で完成するに至った。
運用ルールはあえてナシ 障壁減らして投稿しやすく
新システムが稼働して10か月経過した時点での投稿数は約1600件。1回の投稿で複数の写真や情報がアップされるため、写真点数に限れば約4500枚が集まった。これは「想定していた数字よりも多い」(新谷さん)という。
順調に投稿数を伸ばす理由の1つとして特筆すべきは、運用ルールを設けていない点が挙げられる。新システムの導入に際し、使い方について運用ルールを事前に策定しておくのが一般的だ。しかし、同社の場合、「多くの話題性のあるスポットやイベント情報を集めることを最優先に考慮した。社員が自発的に投稿するという特性上、少しでも投稿を阻害するであろう障壁はなくすべきと考えた」(同)。当面は具体的なルールを策定せず、運用状況を見ながら検討していく予定だ。
イベント情報1つである「花火」についてのアーカイブス画面(左)。変わったところでは各地にあるマンホールの情報も収集している
そうはいうものの、ルールなしは無意味な写真が投稿されたり、粒度の異なる情報が集まったりしかねない。そこで必要な情報を集めやすくするため、投稿内容を制限する仕組みも用意している。
具体的には「WebやSNS、ガイドブックなどの担当者が、業務で使いたい写真や情報を募集する機能を備え、全社員に対して欲しい写真などを依頼できるようにすることで、収集する情報をはっきりさせた」(同)という。加えて、投稿内容を社員同士で評価する機能も装備。評価が高かったり投稿件数が多かったりする社員に対してインセンティブを与えることで、収集情報の精度や社員のモチベーションを向上できるようにした。
新システムに投稿された写真や情報は、社員がプライベートで収集したものに過ぎない。そのため、出版物やSNSに掲載する場合は、担当者が電話などで情報の信ぴょう性や、写真の掲載許諾などを都度確認しているという。
今後は、新システムの可能性をさらに広げたい考えだ。運用開始直後だけに具体的な方策は未定だが、「デジタルデータの有料提供」につなげることも想定している。「投稿される写真は、社員がプライベートで撮影したもの。しかし中にはプロが撮影したような素材が少なくない。当社にとってコンテンツの拡充は重要課題の1つ。収集した写真を有料提供できるように、その価値や重みづけを増していくことも考えなければならない」(清水課長)という。
SNSやWebサイト、モバイル……。観光情報の発信先が多様化する中、昭文社は新システムを導入することで、最新コンテンツをより速く配信できる体制を整備しようとしている。さらに、観光客が求めるニーズやトレンドを収集したコンテンツから読み取り、新たな施策や事業として打ち出すことも視野に入れる。自社の価値をさらに高める手段として新システムを位置付けている。
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