【情シス奮闘記】第3回 DB活用でテナント交渉情報のグループ共有と精度を向上 東急電鉄
東京急行電鉄といえば「東急電鉄」の愛称で知られる鉄道会社だ。東横線や目黒線、田園都市線などの路線を保有し、近年はさらなる安全性の向上や混雑緩和、車両のバリアフリー化などを推進している。
一方で、ビル開発や商業施設の運営という都市開発も同社を支える重要な事業になっている。そのため、渋谷ヒカリエやセルリアンタワーなどの大型複合ビルの開発と企業誘致、沿線を中心に展開するスーパーやショッピングセンターの開発や運営にも力を入れている。
東京急行電鉄では、2015年度に中期経営計画でリテール事業の体制強化を発表。商業施設関連の業務を担うグループ各社のリテール事業を統括する「リテール事業部」を新設し、グループで店舗開発やテナントのリーシング(リース業務)などに、さらに注力できるように体制を整えた。
その一環で新たに導入したのが、テナントとの交渉内容を管理・活用するシステムだ。グループ横断で交渉内容を共有できる体制を整備した。システム導入前の課題と導入後の効果について、生活創造本部 リテール事業部 商業部 企画課の深尾洋介氏に聞いた。(取材・文:和田貴紘)
東京急行電鉄 生活創造本部 リテール事業部 商業部 企画課 深尾洋介氏
使いにくさが原因で交渉内容登録が進まず
ショッピングセンターなどの商業施設を多数保有する東京急行電鉄をはじめとする東急グループにとって、不動産を借り受けるテナントとの交渉は重要な業務の1つだ。契約の締結・更新までには、クライアントに示した提案内容や契約更新内容などをつぶさに記録し、次回の交渉につなげていく取り組みが欠かせない。しかし、中期経営計画を打ち出す前は、グループ各社の担当者が、おのおのが管理する商業施設向けのテナントと交渉していた。そのため、「グループとして交渉内容を共有する体制が十分ではなかった」(深尾氏)という。
交渉内容を記録するシステムも、一部のグループ企業を除き独立していた。ただ、システム同士は連携しており、交渉日やクライアント名などの情報に限り、グループ間で共有する仕組みは整えていたという。
それでも「システムに対する不満は多かった」と深尾氏は説明する。具体的には「交渉に同席した社員名などを登録する時には、本部、事業部、部署とクリックして進めないと社員名を登録できなかった」(同)という。人事システムと連携するため、組織の階層を上位から下位へドリルダウンしないと社員名までたどりつけなかった。
システム固有の仕様にも課題があった。交渉内容を記録するシステムにもかかわらず、入力する文字数に制限があったのだ。また、提案した企画書やクライアントから受け取った資料などのファイルを保存するにも、容量の大きなファイルは添付できない制約もあった。
こうした使いにくさが要因の1つとなり、「各社の全リーシング担当者が、システムに交渉内容を記録するという文化が必ずしも根付いていたとはいえなかった」と深尾氏は話す。このような状況のなか、東京急行電鉄ではリテール事業の強化を盛り込んだ中期経営計画を策定。これを受け、発足したリテール事業部の設置がきっかけとなり、新たなシステムへ全面的に移行することを決断した。
テナント情報を網羅したDB導入で登録を簡素化
東京急行電鉄では、新しいシステムに相応しいソリューションを導入すべく、コンペティションを実施。料金や機能、使いやすさなどを検討した結果、リゾーム(岡山市)のテナント交渉管理クラウドサービス「交渉管理ware(ウェア)」を選定。このサービスをカスタマイズし「CLOVER(クローバー)」として導入した。
東京急行電鉄が導入したテナント交渉管理クラウドサービス「CLOVER(クローバー)」
決め手となったのは、リゾームが提供するデータベース(DB)「SC GATE(エスシーゲート)」の存在。これは全国に展開するショッピングセンターや、その出店企業、ショップのデータを参照・活用できるDBだ。
「初めて交渉するクライアントの場合、交渉内容とともに企業情報を入力しなければならない。これまではその度にクライアントを調べたりしていたが、SC GATEを使えば必要な情報を簡単に呼び出せる」と深尾氏は話す。また、東急グループの商業施設にこれまで出店していなかった企業も、DBのマスタデータを使えば容易に登録が可能になった。
ショッピングセンターや小売りといった業界に特化したベンダーである点も評価した。「当社の場合、システムに登録するクライアントは店舗などを展開するテナントが大半。こうした点を加味したシステムを開発・提供するベンダーが自社の要件を満たしやすいと判断した」(深尾氏)という。そのほか、短期間で低コストでの導入ができるクラウドであることや自社の細かなニーズを反映できるカスタマイズ性の高さもポイントになった。
一方、導入では苦労した点もあった。その1つが「入力項目の選定」。交渉内容を記録する時、「日付」や「テナント名」「商業施設名」などの項目から、どれを選択入力させるべきか。各項目を画面のどこに配置するのが適切かなどを考えるのに悩んだという。「検索の容易性を踏まえれば、できるだけ事細かく項目を設けたい。しかし、入力項目が多すぎると担当者の手間が増えてしまう。必要最低限かつ重要な項目だけ入力すれば済むよう配慮した」と深尾氏は振り返る。
CLOVERの入力画面
これまで定着していなかった交渉内容の入力を促進する取り組みも実施した。グループ各社のリーシング担当者が集まる定例会議で新システムの使い方やメリットなどを訴求。また、実際に使ってもらうことで導入後の利用を促した。
旧システムが保有していたテナントリストと、データベース「SCGATE」が保有するテナントの突合作業はリゾームに依頼。テナントに付与したIDを連携させるのはもとより、企業名や店舗名などを名寄せすることで重複データを取り除いた。
また、社員名の登録も「名前を検索して選択するだけで登録できて、組織や部署などを意識する必要がないようにした」(同)。文字数やファイル容量といった制約ももちろん解消した。こうして2007年から使い続けてきた旧システムは、2015年8月に改修し暫定的な機能改善に踏み切ったものの、2016年3月末でその役目を終えた。
グループのリーシングポータルを目指す
新システムは導入から約半年が経過。登録数は順調に増えているという。その理由の1つに「スマートフォン(スマホ)やタブレットに対応したことがあるのではないか」と深尾氏は分析する。
旧システムはスマホやタブレット端末には対応しておらず、リーシングの担当などが移動中や外出先から情報の確認や登録をすることができなかった。新システムでは、スマホやタブレット端末から、クライアントとの交渉前に前回話した内容を確認したり、交渉直後に大事な点をメモしたり、交渉内容を入力したりすることができる。外出先でシステムへ容易にアクセスすることが可能になった。
今後は、使い勝手の面で過去の交渉履歴のアクセスを向上させたいという。「クライアント名で検索すれば、過去の交渉履歴を一覧で呼び出せるようにしたい。リーシング担当者の作業負荷を少しでも軽減できるシステム像を目指す」と深尾氏は話す。
東京急行電鉄では、新システムについて交渉内容を記録するだけに留めず、リーシングに関わる情報を集約する基盤に昇華させたい考えだ。商業施設の区画ごとの貸し出し状況や現在の空き状況を可視化するほか、契約による売り上げ推移を把握することを視野に入れる。また、グループ間で有望なテナント情報を共有し合えるツールとしての活用も見込んでいる。
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