【情シス奮闘記】第12回 コスト重視でクラウド選択 現場活性のシステムに刷新 ANA成田エアポートサービス

2017/02/09

ANA成田エアポートサービス(NRTAS)は、2013年に全日本空輸(ANA)のグループ企業3社(新東京空港事業、新東京旅客サービス、ANAエンジニアリングサービス)が統合して誕生したANA成田空港支店の機能を継承する企業だ。運送・貨物事業、車両整備を中心としたエンジニアリング事業、成田空港をベースにANAや航空他社の空港ハンドリング業務を展開している。

ANA成田エアポートサービス 総務部 総務課 葉梨広氏

ANA成田エアポートサービス 総務部 総務課 葉梨広氏

NRTASはこれまで空港ハンドリング業務の作業実績などを自前で開発したシステムで管理してきた。しかし、ハード、ソフトの保守切れが目前に迫り、新たな基盤を模索。コストやセキュリティなどの課題を克服し、クラウドで新システムを構築した。その理由や効果について、プロジェクトリーダーを務めた総務部総務課の葉梨広氏に聞いた。(取材・文:水上健)


旅客ハンドリング事業のイメージ(ANA成田エアポートサービス提供)

旅客ハンドリング事業のイメージ(ANA成田エアポートサービス提供)

NRTASは、ANA国際線の基幹空港となる成田空港で、ANAの国際・国内線の手荷物チェックイン業務やラウンジサービスの旅客ハンドリング事業、航空機のハンドリングなどの運送・貨物事業、機器・車両の整備・保守などのエンジニアリング事業、運航支援業務・ロードコントロール業務を手がける。また、ANAだけに留まらず、外資系航空会社やLCC(格安航空会社)のハンドリング業務も受託している。

運送・貨物作業(左)、航空機のハンドリング(ANA成田エアポートサービス提供)

運送・貨物作業(左)、航空機のハンドリング(ANA成田エアポートサービス提供)

NRTASの前身となる新東京空港事業では、2002年に新規開発(スクラッチ)した生産管理システム「NTON(ニュートン)」を構築。クライアントサーバー方式のシステムは、空港内の請負業務の作業実績入力、作業者の勤怠情報管理、実績からの請求業務などで活用してきた。しかし「システム構築から10年以上が経過して、周囲の環境にそぐわなくなっていた」(葉梨氏)という。

原因はハード、ソフトの年月経過による老朽化。しかし、NTONは大きな費用をかけて開発したシステムで「すぐには変えることができなかった」(同)という。業務の変化で使わなくなった機能もある。実績をベースに作業単価を計算して費用請求ができるようになり、工程管理、車両管理、実績管理が不要となっていた。

NRTASではNTONを「だましだまし使っている状態」(同)だったが、システムを維持できない、待ったなしの日を迎えることとなる。それが「EOS(End of Service、保守期限切れ)」だった。10年以上も稼働してきたNTONは、ハードウェアとソフトウェアの保守切れのタイミングが迫っていたのだ。

保守期間を過ぎれば、ハードのパーツが手に入らなくなる。システムを更新するにも大きなコストがかかることが予想された。この問題の解決に取り組んだのが葉梨氏だった。葉梨氏は入社18年目。入社後10年間はグランドハンドリングに携わった後、8年前に総務に異動、5年前からは社内ITの担当として、PCの管理、システム運用などに携わってきた。

葉梨氏はグループのITシステムを担うANAシステムズ(東京・大田)の担当者と、この問題について3か月をかけて検討を行った。その結果、新システムへ移行することを決め、経営陣に提案を行った。

“システム”は使わない 独り歩きしていた言葉に悩まされる

幸いにも新システムへの移行は承認された。システムの再構築にはNTONの問題を解決すると同時に統合した3社のシステム運営を一本化させる狙いもあった。一方で、プロジェクトに対しては、会社から「最小限のコストで必要な機能だけに特化する」という方針が出された。

NRTASは独立採算性の経営体制を敷いているため、コストが重視される。会社の方針は「NTONのように大きな費用をかけたシステムの開発はできない」(同)ことを意味していた。そのため「投資には慎重にならざるを得なかった」(同)という。

葉梨氏は「フルオーダー」「パッケージからカスタマイズするセミオーダー」「フルパッケージ」で検討。コスト面でフルオーダーは除外し、セミオーダーかフルパッケージのいずれかで模索していたという。

そんな中、ANAシステムに提案されたのが、サイボウズのクラウドを使ったアプリ開発プラットフォーム「kintone(キントーン)」だった。葉梨氏はフル機能を無料で30日間の利用ができる体験版で使い勝手などを検証。

「一般的なWebデータベースの仕組みは、専門的知識がないと使いこなすことが難しいが、kintoneなら現場担当者によるアプリ作成や修正が簡単にできる。現場主導型でシステムを改善したいという考えやニーズにマッチする」(同)という確信を得た。基幹システムとのデータ連携などの機能も「業務の拡張に可能性を感じることができた」(同)として導入を決めた。

導入に際して、葉梨氏は「システム」という言葉に悩まされたという。

「『システム』という言葉を使って『システムを変えます』というと『導入には莫大なコストがかかる』『一回導入したら入れ替えはできない』『減価償却もできない』という既成概念が経営陣にはあった」(同)というのが理由だ。

そこで、「システム」を使わず、「サービス利用料」として、kintoneの概要と導入コストを役員に説明。すると、クラウドサービスの安さに役員たちは驚き、あっさりと承認されたという。

「セキュリティ」と「稼働時期」というハードル

コストが課題になる一方、導入にはさらに2つのハードルがあった。まず1つはシステムのセキュリティ審査。ANAグループは航空サービスなどで顧客情報を扱うため厳格なセキュリティポリシー(方針)がある。

セキュリティに関するグループ全体の共通チェックリストは「サーバーが国内に設置されているか」「外部からのアクセスする際のパスワード数」「データの消去は可能か」など数十項目に上る。こうした背景からセキュリティの面でクラウドサービスはネガティブに見られていた。

そこで、新システムでは顧客などの個人情報は扱わないことにした。データセンター内のサーバーで管理するANAグループ顧客情報と、kintoneのデータは別々に保管。万が一、情報の漏えいがあった場合でも外部に漏れないような形をとった。こうした施策で、セキュリティポリシーをクリアした。

もう1つのハードルはシステムの導入時期だった。新システムは2015年6月に導入が決定。ただし、下半期予算に充当する2015年10月までのタイミングで稼働しなければ、翌年(2016年)4月まで持ち越しになることが分かっていた。

葉梨氏は10月までの導入を目指した。「これ(11月以降の導入)はどうしても避けたかった。ソフトなどで一時的な代用もできたが機能でどうしても現場に不便な部分が出てしまう」(同)というのが理由だ。

開発に着手したのは2015年7月。目標までには3か月を切っており「最悪の場合は、半年間はエクセルで動かすしかない」(葉梨氏)という切羽詰まった状態だった。しかし、kintoneで用意されていた機能などを利用することで、何とか2か月で本稼働にこぎ着けた。

(左から)航空機移動作業(トーイング)で作業時間、エリアを記録する画面、作業担当者や、実際の搭載量(コンテナ台数など)を記録する画面

(左から)航空機移動作業(トーイング)で作業時間、エリアを記録する画面、作業担当者や、実際の搭載量(コンテナ台数など)を記録する画面

一方で、別の課題も浮かび上がった。「入力したデータをほかのアプリからも取得できるルックアップ機能で苦労した。シーケンスナンバーがうまく当たってくれなかった」と葉梨氏は説明する。

例えば、成田―ホノルル間を結ぶデイリー便「NH1便」があるとする。この便がメンテナンスなどで遅延した場合、翌日には同じNH1便が2機成田空港に到着することがある。「この区分けがうまくいかなかった」(同)。

そこで葉梨氏は現場の担当社員を交えて協議し、NH1便に該当するシーケンスナンバーを工夫。重複しない日付単位のナンバーを割り当てることにした。同じ便でも自動車のナンバープレートのように個別のナンバーを割り当てることで、整合性をとれるようにしたのだ。

現場社員がアプリを作る“化学反応”が起きた

本稼働開始から1年3か月が経過した現在、新システムは業務の効率化に大きく貢献しているという。

例えば、作業実績。旧システムは作業実績を入力する際に事務所に戻り、PC入力をする必要があった。新システムでは別の工程管理や旅客サービスで使用するために社員に配布していたタブレット端末を使い、現場での入力が可能となった。

NRTASは成田空港第1ターミナルでの作業が中心だが、ほかの航空会社の作業をする場合には違うターミナルになることもある。その時にはタブレット、必要に応じて無線LANルーターを用意すれば入力作業ができるようになった。

NRTASの社内

NRTASの社内

葉梨氏にはうれしい出来事もあった。「新しいシステムを導入したところ、化学反応が起きて、現場でアプリケーションが続々と作られている」(同)というのだ。

新システムでは葉梨氏が現場社員に対し作り方をレクチャーしただけで、アプリを簡単に作成ができた。すると「こういう項目を追加すればいい」「この実績が取れるのではないか」と現場目線から社員がアプリを作るようになったという。その数はテスト中も含めると95にも及ぶ(ユーザー数は19)。実際の稼働アプリは約60だが、開発されたアプリの数だけ現場改善が進んだといえるだろう。

グループ会社の他空港でもシステムを横展開

NRTASではシステム刷新で、請求業務コストの約2割を削減。ソフト、ハードの運営・保守費用でも大幅なコストダウン効果を得た。今後はレポート機能の載せ替えや手荷物の管理部門でクレーム対応のアプリも検討中だ。窓口で顧客対応した社員をデータベース化し、同じ事象の対応スピード上げ、手間も減らすのが目的という。

NRTASの新システム導入の取り組みは、ほかのグループ空港会社でも注目されており、「同様のシステムの横展開も始まっている」(同)という。導入コストから選択したクラウドだったが、コストダウンだけではなく、生産性の向上にも貢献し、空港現場の社員や作業の活性化につながった。「思い描いたような未来が実現した」。葉梨氏はこう笑顔で締めくくった。

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