第6章 工藤伸治のセキュリティ事件簿番外編 箱崎早希と超可能犯罪の壁
6章 大団円?
[前回のあらすじ] 怪しいドローンに目星をつけ監視カメラで張り込んでいると、ついに犯人が現れた! 予想に反して、実は犯人は一人ではなかった!!
「5章 不可能納期」を見る »
305号室まで行き、インターホンを押した。喧騒を背景に「はい?」という声が返ってくる。
「サイバーセキュリティコンサルタントの工藤だ。開けてくれ。社長と開発部長と営業部長もいる。あんたたちがなにをしていたのか、ちゃんと説明してやった方がいい。こんなことを続けられるわけがないだろう」
オレが一気にまくしたてると、喧騒が収まった。
ややあって眞中が玄関の扉を開けてくれた。玄関から12畳ほどのリビングが見え、そこには中にはシステム開発部の連中と見知らぬ数名がテーブルを立って囲んでいた。
オレたち5人は眞中に案内されて玄関からリビングに入る。狭いリビングに20人近くが無言で立っていた。
「確か君は昨年退職した山中くん」
最初に口を開いたのは社長だった。見たことのない年配の男性を指さして震える声でそう言った。
「君はおととし退職した藤本くん。それに出産で休職中の小柳くんまで……」
社長に声をかけられた相手はバツが悪そうにうつむく。
「社長! これが現実。これが不正アクセス事件の真相なんです」
早希が社長の前に出て、強い口調で訴えた。
「彼らは定時以降ここで開発してたんです。定年退職した山中さんや藤本さん、それに休職中の小柳さんまで無給で巻き込んでたんです。違法な出退勤記録改竄の逆手にとり、ドローンを踏み台にし、退職IDや休職IDをアクティベートし、そうまでして納期を守ろうとしたんです。安くて短い納期を提案するしか能のない営業と、それに逆らえない開発部長のせいです。引いては短期的利益しか考えない、あなたのせいです」
そこまで言うかとおさすがのオレも驚いた。
「言い過ぎだぞ!」
システム営業部長が怒鳴る。
「そもそもきっかけはシステム風紀部のが残業時間を制限したからだろう」
八つ当たりもいいところだ。それは全く本質的な話じゃない。。
「いいえ、私は本来人間として認められている正常な勤務状態に戻そうとしただけです」
「いい迷惑だ」ここぞとばかりにシステム開発部長も同調して早希を責めだした。その時、システム開発部員の中から声があがった。
「違う。私たちは箱崎さんの進めていることに反対はしてない」
開発部長がぎょっとした顔になる。
「あんたの考えていることに連中は反対してたわけじゃない。むしろ歓迎していた。だから、残業が減って納期を守るのは無理とわかっていても、表立って反対したくなかったんだ。だからひそかに納期を守れるような仕掛けを考えた」
オレは足りない言葉を補ってやった。早希がはっとする。
「なにを言ってるんです。これで納期が守れたら、営業のバカどもはそれを前提に無理な仕事を取ってくるようになるでしょ」
早希は開発部員を叱るように言った。
「それを防ぐのがあんたの仕事だろ。あんたなら、なんとかしてくれると思ってたんだろうな。連中はあんたを信頼して期待してたんだよ」
なだめるような口調でオレがそう言うと、早希が困った顔をした。
「工藤さん、私を泣かせようとしてますか?」
早希の声は震えていた。なんだかんだいってもこいつはいいヤツだ。オレにはわかっていた。オレは早希の問いには答えず、ふたりの部長と社長の顔を順番にながめる。
「で、この後どうするかだよな。まあ、謎は解けたからオレの仕事は終わったようなもんだが、上場企業の経営者ってヤツがこの後どうするのかは興味がある」
「システム開発部もシステム営業部も人のよい社員の犠牲に成り立っている仕事のやり方を見直すべき時期に来ているとは思いませんか?」
早希が鋭い視線をふたりの部長に向ける。決然たる態度と美貌は、ジャンヌ・ダルクを彷彿とさせた。期せずして部員から拍手が巻き起こり、早希の顔が明らむ。
「し、しかし……それは私たちの一存ではなんとも」
「十分検討しないと結論は出ない。これはこの業界の長年の課題なんだ」
開発部長、営業部長ともに歯切れの悪い逃げ口上を並べだした。こいつらダメだ。
「すまん。申し訳ない。こんなことになるまで君たちを追い詰めてしまっていたなんて私の落ち度だ」
突然社長が土下座した。予想外の展開に全員が息をのむ。
「約束する。もうこんな無茶をさせない態勢を作る。部長はふたりとも交代してもらう」 そう言うと床に額をこすりつけた。
「社長!」
部員が社長に駆け寄り、立ち上がらせる。中には泣いているものもいる。大団円だ。オレの仕事は終わった。オレはその場を離れた。
マンションを出たところで、早希が追いかけてきた。立ち止まったオレの前でぺこりと頭を下げる。
「工藤さん、ありがとうございました。でも、なぜわかったんです?」
「簡単なことだ。
・犯人は部内の人間と考えられる
・犯人がコードをひととおりコピーした翌日納品が完了した
・通常では考えられない納期で納品した
・昨日はIDが12も使われていた
・犯人の動機、ねらいは不明
システム部員が納期を守るために共同して今回の事件を起こしたって考えるとすっきり説明がつく。納期通りに完成するはずのないものが完成したと聞いた時に閃いた」
「さすがです。ご自慢の汚い罠が大はずれだったのを十分挽回しましたね」
「だから、その一言多いのやめよう」
「期待されているかと思ってわざとつけたんですが、お気に召しませんでしたか?」
見透かされていた。素直な女より、こじらせた女の方がいい。確かにこいつの口の悪さは慣れると癖になる。だが、それを認めるのは癪なのであいまいに笑って見せて話題を変える。
「社長が土下座したんだ。これで八方丸くおさまるだろう」
早希は少し首を傾げた。
「ひねくれたものの見方が好きな工藤さんとも思えません。関係者にどのようなペナルティが課されるか確認しなければなんとも言えません」
「どういう意味だ?」
「社長が土下座したのは、これが表に出ればスキャンダルになるし、世間は社員の味方となって経営者が悪いと責め立て、株価は下落、適切な業務体系への変更を余儀なくされ業績は低迷するととっさに考えたのでしょう。あの場を収めるための演技だったかもしれません」
さすがに驚いた。だが、確かに言う通りだ。あの場でそこまで考えていたのか……早希の頭の回転に舌を巻いた。
「あんた、そんなこと考えていたのか?」
「上場企業の代表は金もしくは名声の亡者以外のなにものでもないということをよく知っています。もし彼が本当に心から悔いて土下座したなら退任していただいた方が会社のためにはよいでしょう。善人には務まりません」
早希はそう言うともう一度お辞儀し、失礼します、と戻って行った。
了
次回は著者 一田和樹氏のインタビューを掲載します。読者へのプレゼントもありますので、お楽しみに!