【脱!SIerへの丸投げ】IT投資効率を悪化させるSI業界 vol.2 ~IT投資をゆがめるSIer~
本連載は、今まであまり語られてこなかったシステムインテグレーション業界(以下SI業界)の実態を交えながら、情シスの皆さまに知っておいていただきたいお話を全4回にわたってお届けします。
今まであまり語られてこなかったSI業界の実態を交え、SIer依存のシステム開発における問題点やその解決策を提案する【脱!SIerへの丸投げ】シリーズ。第2回は「IT投資先をゆがめるSIer」。
「日本の情シスで働く皆さまがこの事実を知ることで、日本はきっと変わる」という思いで書いておりますので、どうぞお付き合いください。
この記事の目次
おさらい:クライアントとエンジニアを隔てる大きな距離
前回、日本のSI業界は多重下請けのピラミッド構造であり、2つの大きな問題点を抱えているというお話をしました。(参照:【脱!SIerへの丸投げ】IT投資効率を悪化させるSI業界 vol.1~なぜ丸投げが問題なのか~)
改めて、2つの問題点とは何かを確認してみましょう。
- 目の前でエンジニアとすり合わせながら開発していない問題
- 開発しているエンジニアのスキルがプロ未満※である場合が多い問題
※某経済紙の関連媒体の表現を拝借
今回は“(1)目の前でエンジニアとすり合わせながら開発していない問題”についてお話しします。これを頭に入れておくことで「なぜSIerへの丸投げを脱却した方がいいのか」、ご理解いただけるきっかけとなることと思います。
では、おさらいとしてSI業界構造を確認しておきましょう。
クライアントと直接やり取りし、要件定義をするのが一次請けです。しかしながら、多くのケースで一次請けではエンジニアが不足しており、開発の実態としては、二次請け以降のエンジニアたちの手によってシステム開発が進められます。その為、クライアントとシステム開発を直接担うエンジニアの間には大きな距離がある状態のまま開発が進んでしまうことがあります。
このような構造であるがゆえに、膝と膝を突き合わせて、アイデアをすり合わせながら開発していくことがしにくい環境となり、結果としてイメージ通りのシステムが出来上がりにくいのです。
また、前回は触れなかった二次請けのエンジニアについても説明しておきたいと思います。
二次請けのエンジニアは実質的にプロジェクトの管理がメインとなります。キャリア的には、新卒で入社し、30歳くらいから開発業務を離れ、徐々にプロジェクトの管理専属になっていくというのが多いのではないでしょうか。
実際、30歳以降もエンジニアとしてのキャリアを積み続けたいという理由で、二次受けから三次請け以下に転職する方もいらっしゃると聞いたことがあります。
このような業界構造もあり、SIerへ丸投げしてしまうことで「目の前でエンジニアとすり合わせながら開発していない」状況を引き起こすのですが、そのことが結果として、クライアントのIT投資を大きくゆがめる結果を引き起こしている事実について、これからお話していきたいと思います。
もう開発しなくてもいいのにIT投資が集まる基幹システム
“社内システム開発“と聞くと、いの一番に基幹系システムを想い浮かべる方も多いのではないでしょうか。実際、従来の日本の企業においてはIT投資の8割が基幹システムの開発に投入されていると言えるでしょう。
しかしながら、基幹系システムに多額のIT投資を行い、投資した分のリターンは果たして得られているのでしょうか?
基幹システムとは、生産管理・販売管理・受発注管理・財務管理・人事労務管理などのいわゆる「業務システム」のことになりますが、今や十分な機能を有するパッケージ製品やSaaSなどが世の中に存在しており、わざわざ開発して作る必要がないとも言えます。
無論、業態や事業によっては既製品の対応外ということもあるでしょうが、最近しきりに耳にするデジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉からもわかるように、既存の作業内容を効率よくシステムを使うために変革することで、無駄なIT投資を減らし、経営基盤の強化につながると言えます。
ではなぜ、開発する必要のない基幹システムにIT投資の8割が投入されているのでしょうか。
パッケージ製品やSaaSなどの既製品を活用するためには、既製品に合わせて業務フローなどを見直すいわゆる『標準化』といった手順変更が必要になります。標準化を実現させるためには、情シス部門が経営トップを説得して標準化にコミットさせ、各部門にかけあい調整するという労力が発生します。
しかしながら、日本企業における情シス部門は往々にして立場が弱いことも多く、既存の手順を変えたくない“抵抗勢力”に屈し、標準化をあきらめてしまいます。
標準化をあきらめるということは既製品を導入することはできません。ではどう対応するのでしょうか。
皆さんはすでにお気づきでしょう、そうです、パッケージ製品を業務フローに合わせて改造するのです。これがいわゆる「基幹システムのカスタマイズ」であり、日本のIT投資はほぼこのカスタマイズ開発に費やされています。
海外の企業では、日本の企業で行われている“カスタマイズ”はほぼ行われていないと言ってもよい状況と聞きます。まずは業務の標準化をおこないパッケージ製品やSaaSなどをそのまま使うことが普通なのです。
『人にシステムを合わせるのではなく、システムに人を合わせる』という考え方で、システムが使いづらいという人は解雇し、使いこなせる人を雇います。特にそのやり方で生産性が落ちたりすることも発生しないため、カスタマイズの需要がありません。つまり、基幹システムにIT投資を集中させているのは日本だけなのです。
IT投資すべきはWEBサービス開発
では、海外の企業はどこにIT投資をしているのでしょうか。
基幹システムのような社内運用にコストをかけるのではなく、ビジネスや売上に直結するサービス開発に投資しているのです。特にWeb2.0以降、様々なWEBサービス(SaaSやクラウドサービス)が登場していることは皆様もご存じのことでしょう。
海外ではこれら分野にいち早くIT投資を集中させITビジネスを拡大・発展させていった結果、GAFAのような世界的な企業が次々と誕生したと言えるでしょう。
少し古いデータではありますが、平成元年と平成31年の時価総額ランキングを比較したデータがあります。この30年間でその企業ランキングはすさまじく様変わりし、TOP4は日本企業から米国発のIT企業が独占する状態となっています。また、平成30年までは5位にフェイスブックが入っており、俗にいう”ドットコム企業”がとって変わった、すなわち産業構造が変化したことが分かります。
<データ出典:STARTUP DBより>
日本においても楽天やメルカリなどWEBサービスで成功する企業が出てきていますが、もはや日本はIT後進国の部類に含まれ、2020年10月時点の時価総額ランキングによれば、日本企業の最高位はトヨタ自動車の49位というTOP50から日本企業が消えてしまいそうな状況です。
新型コロナウィル感染症(COVID-19)により、世界規模で経済は大打撃を受けました。日本においては東京オリンピックも延期され、まだまだどうなるかもわからない状況です。
そして、企業においてもコロナ禍による新生活様式に適合するためにビジネスモデル、働き方、デジタル・トランスフォーメーション(DX)など変革を求められています。
このような背景もあり、コロナ禍以前に比べると状況は少しづつ変わってきているようにも感じられます。
しかしながら、変わらねばならないのに基幹システム投資という呪縛から抜け出せないでいるのであれば、その状況は大きな問題となるでしょう。
その要因は先にお話したカスタマイズ問題もありますが、もう一つが「SIerへの外注では、目の前でエンジニアとすり合わせながら開発できない」問題でもあるのです。
日本企業が自社(WEB)サービスにIT投資をしない本当の理由
これまでお話ししてきたように基幹システムへの投資は不要なフェーズに到達したともいえるでしょう。
故に情シスが次に備えるべきは、自社のサービス開発、これからのシステム開発に対応するための準備ではないでしょうか。
WEBサービスの場合、開発中に競合が現れるということが頻繁に起きます。また、WEBサービスを作るということは、新しいビジネスモデルを作ることに近いため、トライ&エラーで作っていく必要が出てきます。基幹システムと比べ変動要素が非常に多く、こまめに話し合いながら開発を重ねていく必要があります。つまり「少し作っては見せ、相談し、を随時繰り返しながら開発」していくアジャイル開発が必須になってきます。
ところがこのような対応は、最初に要件定義をして週何回かのミーティングを重ねながら開発していく旧態依然としたSIerにはできません。
このような背景もあり、企業としても自身の業務改革(DXと言ってもよい)を行うことができず、一方で実務を担うSIerも自分たちでは対応できないWEBサービスの開発(または利用)から、基幹システムのカスタマイズ開発にクライアントのIT予算を誘導するということが起きてもおかしくない温床があると言えるでしょう。
「パッケージ製品のまま導入すれば、業務フローが崩れて生産性が低下しますよ」「社員が辞めてしまいますよ」などとクライアントを口車に乗せ、基幹システムに投資させているという実態が存在するのです。
さらに言うと、基幹システムのカスタマイズもすり合わせながらの開発の方が良いに決まっています。そもそも基幹システムを社員一人一人に合わせて使いやすくするというのは至難の業です。業務フローというものは企業ごとに独自性があり、属人化している部分も多く一人一人やり方が異なっていたりもするからです。
SIerは「弊社は業務知識が豊富なので大丈夫です」と言いますが、いくら業務知識があったところで「その企業の業務に関する知識が豊富なわけでない」ため実はあまり意味がありません。結局は、現場でエンジニアと話し合いながら細かく調整して作っていかなければ成立しないため、SIerへの丸投げですんなりうまくいくということはほぼないのです。
自社で業務フローの整理ができない場合は、ITコンサルティング企業などに依頼し、しっかりと整理をしてもらい、どうすべきかの道筋を見つけておくことが成功のカギとなるでしょう。
まとめ:投資内容の見直しを
SIerは自分たちの利益のために「目の前でエンジニアとすり合わせながら開発」しなくても“かろうじて創ることが出来る”基幹システムのカスタマイズに日本のIT投資を集中させてしまっている。これが真相です。
ですが近年、日本でも自社でエンジニアを雇いWEBサービスを内製で開発する企業が産まれはじめています。こうした企業がこぞってビジネスに大きなインパクトを与えていることを見れば、もはやIT投資内容の見直しは待ったなしの状態と言えるのではないでしょうか。
次回は、SIerへの丸投げにまつわるもう一つの問題点 ②開発しているエンジニアのスキルがプロ未満(※某経済紙の関連媒体の表現を拝借) についてお話し、SIerへの丸投げがいかに悪手であるかについて更に言及していきたいと思います。
稲葉 徹(イナバ トオル)
社長直下の組織として会社の未来を描いていく「未来創造室」所属
スローガンである「IT投資効果を最大化するゼロ次請け」を実践し、顧客のビジネス課題解決という「結果」にこだわる同社において、「ゼロ次請け」を業界に浸透させる活動を行う
<連載>