なぜ不足するのか、IT人材

2019年を境に、IT業界は深刻なIT人手不足に突入

もう、20年も前のこと。「2000年問題」が話題になりました。コンピュータが西暦を誤認識し、さまざまなネットワークが異常をきたす問題で、飛行機の墜落やミサイルの誤発射などが起こるとされていました。その噂は一般にも広まり、一体何が起きるのか? 当時、ITに興味を持たない私も不安を感じたものです。結果的には、何の支障もありませんでしたが、この影には数年前から対策を進めてきたエンジニアの不断の努力があるといいます。

さて、冒頭でなぜ2000年問題を取り上げたかといえば、IT業界は今、あらたな問題に直面しているからです。その問題とは、IT人材不足
これまでは、不足不足といわれながらも、退職者よりも就職者の方が多かったIT人材ですが、そのバランスは2019年を境に逆転。以降、減少の一途を辿り、深刻な人材不足に陥ると予測されています。これを「2019年危機」といいます。

経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によれば、2019年の推計IT人材数は、2010年から3万人増の約92万人。これをピークに、2030年には約85万人にまで減少。一方、平行して拡大を続ける需要と比較すると、最少のシナリオでも約41万人、最大では約79万人の人材が不足すると予測しています。一方、厚生労働省「雇用動向調査結果」の「情報通信業における入職率と離職率」を見てみると、2013年では11.4%に対し9.4%、2016年では12.7%に対し10.2%。ここから、近年で離職率が大きく上昇しているわけではなく、人材不足の原因は、「退職ではなく需要と人材数のギャップ」にあると考えられます。

あらゆるモノがインターネットにつながるIoT。昨今の第三次AIブームなどの期待から、IT関連技術のニーズは今、急速に拡大しています。とくにIoTやAIについては、将来の日本のGDPを大幅に押し上げる分野。国家戦略としても重要な位置付けです。また、近々でも20年開催の東京オリンピック・パラリンピックを見据えれば、サイバーセキュリティリスクへの盤石な対応も急務といえます。

このように多岐にわたるとともに右肩上がりの需要の反面、IT人材については安定した供給を得られないマイナス面がいくつも存在します。それらの複合的な課題により、需要を満たすほどの人材が見込めない状況にあるのです。

しかし、先述のようにこれからの未来に欠かせないIT人材。今回は、「人材不足の原因」を検証していくことにしましょう。

 

キャリアパスや待遇の問題は根深いかもしれません

そもそも、日本のIT業界の構造自体が、人材が増えづらい構造になっているとの見方もあります。

最たるものが、「キャリアパス」について。エンジニアを例にすると、優秀な人たちの出世は、マネジメント職に限定される傾向にあるといいます。しかし、「業務内容が漠然としている」や「クリエイティブな印象を受けない」、「開発に携われなくなる」など、マネージャーの人気はあまり高くない。それを理由に外資系IT企業への転職や独立する人も少なくないそうです。つまり、日本の会社にはエンジニアという職をまっとうし難い風潮があるといえます。

また、待遇も同様です。日本のエンジニアの平均年収はおよそ500万円前後。アメリカでは、個人差が大きいものの、高度な専門職でありビジネスに不可欠なスキルであるという認識が定着し、平均は日本の2倍近く。職業のなかでも人気の高い花形です。一方の日本では、専門職というより会社組織の一員といった傾向にあり、高い能力を持っていても待遇につながらない環境にあります。

 

女性が活躍できる環境づくりも重要です

これまで、エンジニアもプログラマも、いわゆる男性の職場でした。その理由は定かではありませんが、おそらく新3K、7KといわれてきたIT業界のイメージに起因するのでしょう。では、現在もそうなのか? については、断言できませんが、「IT人材白書2017」を見る限りでは、「仕事にどちらからと言えば満足している53.1%」、「休暇がどちらかといえば取りやすい46.9%」、「プライベートとの両立にどちらからといえば満足している50.8%」とあり、不満が高いとはいえません。この割合はIT企業のものですが、ユーザー企業の回答も近似値であり、職場におおむね満足している人が多いことが伺えます。

さらに、近年ではテレワークを積極的に導入している企業も増加中。ここから考えれば、IT企業には女性も安心して活躍できる環境があるといってもよいのではないかと思われます。IT人材の女性の割合は全体の2割に止まりますが、結婚や妊娠などのライフイベントをフォローアップできる環境を実現できれば、より増えていくことでしょう。

もしかしたら、文理ともに活躍できるのがITかもしれません

IT人材は文系出身の人も多く、社内でスキルを身につけることも珍しくありません。採用についても、近年では適正を見極めて内定を決める「ポテンシャル採用」もあります。しかし、IT=理系というイメージが強く、また日本の教育システムからか文系は文系、理系や理系と自分の特性を学生時代に決めてしまう傾向から、はじめからエンジニアやプログラマに縁がない考える文系の人も多いようです。このような意識も人材増加につながらない一因のように思われます。

文系、理系どちらがエンジニアに適しているか? と聞かれれば、おそらく誰もが理系と回答するでしょう。事実、アメリカのエンジニアのほとんどが、大学ないし大学院でコンピュータ・サイエンスを専攻しているといいます。しかし、業務に必要なスキルでいうと実情は少し変わってくるようです。2017年3月10日付の日本経済新聞コラム「文系エンジニアと理系トップの価値」で、シリコンバレーに拠点を置くビートラックスのCEOブランドン・ヒル氏は、このように話しています。

「エンジニアやマーケティング担当者など、役職ごとに行っていた業務の区別は難しくなっている」「エンジニアでもコミュニケーション能力・プレゼン能力が求められ、営業企画担当でもテクノロジーの知識やプログラミングスキルが要求される」。さらに、「文系と理系の隔たりは消えている」とも続けています。

“シリコンバレーのスタートアップでは”と前置きがあるものの、ITの聖地でこのようなクロスオーバーが進み、それがビジネスの強みになっていることはとても興味深いことです。また、コラムは、暗に「社会に出ても学び続けることが重要」だといっているようにも受け取れます。

この内容と、今後も進むデジタルトランスフォーメーションの浸透を考えれば、IT業界における文理の壁は薄れていくかもしれません。もちろん、ビッグデータ分析や人工知能技術、暗号技術など、理系の本領が遺憾なく発揮される職業です。しかし、ITがビジネスや生活の隅々にまで入り込もうとしているこの時代では、ITはもはやテクノロジーというよりも社会インフラ。この限りなく広い領域のなかで求められる人材は、ヒル氏の話すように文理融合型であるように感じます。つまり、文系でも学ぶ気持ちがあれば大いに活躍できる分野ともいえるのではないでしょうか。

以上、まとめれば、「人材不足への対策」よりも、「人材を増やす環境づくり」がまず必要だといえます。アメリカを例にすれば、企業の新規ITサービスを心待ちにするユーザーがいて、その成果は報酬や知名度としてダイレクトにエンジニアへかえってくる。そこに憧れ、若手は一流をめざし、またあらたなサービスが生まれる正のスパイラルが形成されています。

最近、日本では、Yahoo! JAPANやDeNA、サイバーエージェントが、2019年春の大卒のIT人材の採用に、600万円〜1000万円といった年俸を提示し、大きなニュースとなりました。
IT人材がやりがいを抱ける環境の整備。ここから、日本の未来をつくるIT業界がスタートしていくでしょう。

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