【情シス奮闘記】第10回 機能提供の迅速化でシステム内製化 顧客満足向上も図る アクサ生命保険

2017/01/23

アクサ生命保険(アクサ生命)は、1817年にフランスで誕生したアクサグループの日本法人として1994年に設立された。2000年には日本団体生命との経営統合で事業基盤を拡大。2014年にアクサ ジャパン ホールディングが生命保険事業免許を取得し、旧アクサ生命を吸収合併して、業務と商号を継承した。現在、アクサ生命は、アクサ損害保険とアクサダイレクト生命を傘下に持ち、各社の経営管理・監督を行っている。

そのアクサ生命で契約者となる顧客と同社を結ぶカギとなるサービスがWebを使った「My(マイ)アクサ」だ。契約内容の確認、保険金・給付金の請求など、利用者をサポートするためのツールとして、アクサ生命の顧客サービスで占めるウェイトは非常に大きい。

アクサ生命保険 蝶採トックディル・インフォメーションテクノロジー ファストIT開発 課長

アクサ生命保険 蝶採トックディル・インフォメーションテクノロジー ファストIT開発 課長

一方で「Myアクサ」には運用面で大きな課題があった。そこで同社ではシステムの更新を行うとともに顧客サービスの充実に取り組んだ。そのプロジェクトを担当した蝶採トックディル・インフォメーションテクノロジー ファストIT開発 課長に狙いや苦労などについて聞いた。(取材・文:水上健)


Myアクサの画面(PC版)

Myアクサの画面(PC版)

Myアクサの旧システムはコンテンツ・マネージメント・システム(CMS)が実装されていないため、システムの機能追加や顧客に対するリリース配信、契約に際する情報告知、「おしらせ」などの契約に際する情報の配信に手間がかかるという点がネックになっていた。

原因はベンダーに全面委託していたことにある。ベンダーが構築した旧システムは、「プレゼンテーション」「ビジネス」「データアクセス」などのアプリケーションのレイヤーが全て一括りにされていたため、変更する場合にはベンダーに依頼し、その後IT部門が手を加えなければならず、必然的に時間がかかっていたのだ。

その結果、例えばサイト上に明記する文言、色やレイアウトのデザインなどコンテンツの変更をする場合、依頼からアップまで、およそ2週間もの時間を要した。また、こうした情報配信のスピードの遅さは、顧客のサービスに対する満足度の低下にもつながることを意味していた。

蝶採課長は、アクサ生命がMyアクサをリリースした2012年にソリューションアーキテクトとして入社。入社後にはすぐにシステムの不便さに気付いたという。「実際にシステムの中身を確認してみると複雑というより“煩雑”だった」と、蝶採課長は、旧システムについて振り返る。

スピードの遅さはシステム内の機能追加など、新規開発でも同様だった。当時、Myアクサのシステは蝶採課長のほか、システムアナリスト、システム担当の少人数の社員が担当。そのため、開発はコーディングまでを含めて、外部に頼らざるを得ない状況だった。

そのため「ベンダーに見積を依頼しても、連絡や社内のリソースを探す時間、時期の調整なども含めて、構成図だけをとっても1か月もかかっていた」(蝶採課長)という。本来は1~2日しかかからない開発案件であっても、完了するまでに2~3か月はかかっていたのだ。

こうした厳しい状況を打破すべく、蝶採課長は使い勝手がよく、顧客へのサービスも充実できるシステムを目指し、課題解決に向けて動き出した。

システムを内製化し専門スタッフを世界中から集め強化

蝶採課長はリーダーとして、2014年の秋にシステム更新のプロジェクトをスタート。システムの更新に向け精力的に取り組んでいった。

まず、システム自体は旧システムの反省もあり、自社で開発をすることにした。アウトソーシングではなく、社員がリードしていく方向に転換できたのは「経営陣のサポートがあったから」と蝶採課長は言う。同社の経営層はIoT(モノのインターネット)が進み、5年後に保険会社は変わると見ていた。その時にITは大きな武器となる。こうした考えが自社開発を後押しした。

蝶採課長は、同時にプロジェクトチーム「Dev Ops」(デブ・オプス、開発者と運用者を掛け合わせた造語)に立ち上げ、開発専門スタッフの大幅補強を開始。足元固めを行った。ここでもITの人材育成が不可欠になるという経営層の考えが追い風となった。

蝶採課長は自身が持つネットワーク、エージェントからの紹介、スカウトなどを駆使し、優秀な人材を獲得していった。「米国に優秀なプログラマーがいる情報を耳にすれば、即座にネットでコンタクトをとり採用を即決したこともある」(同)という。

Dev Opsは現在9名が所属。2名はソリューションアーキテクトとスクラムマスターをこなし、開発者7名だ。うち日本人は1名のみで、残りは韓国、中国、米国、英国、フランスと米国とのハーフなど、インターナショナルなメンバーをそろえた。いずれも日本語が堪能な人材だという。また、Dev Opsではメールでの質問を禁止にした。これは「すぐにその場で、わからなかったら聞くほうが早い」という蝶採課長の考えからだ。

新システムでは一括りとなっていた「ビジネス」「データアクセス」などのアプリケーションを切り離した上で、新規にCMSを導入した。そこで大きなポイントとなったのが各モジュールとCMSとの連携だった。

従来は同一メモリ上で各モジュールを動かしていたため接続の概念がなく、「それぞれのアプリケーションを連携させるのに苦労した」と蝶採課長は話す。特定のフレームワークを使用しており、差し替えには大幅な開発工数がかかることから、そのまま残したが、そのためにフロントヤードからの接続が困難になっていた。

そこで行き着いたのが「バックエンドの上層に1枚薄いレイヤーをかぶせる」という方法だった。そのために「REST API」の開発に取り組んだ。「REST API」とは、プログラムを呼び出す規約(API)の1つで、RESTと呼ばれる分散システムで複数のソフトウェアを連携させるのに適した設計原則に沿って行われる。REST APIを構築することでアプリ、デバイスを問わず、通信が可能になったのだが、蝶採課長は「それが分かるまで時間がかかった」と話す。

また、文言についてMyアクサを閲覧している利用者がどのような契約を行っているかによって、どの階層のデータを見せていいのかなど、システムの裏の動きの管理にも骨を折った。こうしてプロジェクト開始から約9か月をかけて新システムが完成した。

Myアクサの新システムの概要図

Myアクサの新システムの概要図

新システム導入後、アクサ生命では現在、ほぼ毎日のペースでコンテンツの変更をできるようになった。もともとの目的だった機能追加の迅速化は現在2週間に1回の割合で実施できており、旧システムの4半期に1回程度に比べ、劇的に頻度が向上した。

一方で、使い勝手向上に向けた改善にも取り組む。Google Analyticsでユーザーの離脱率を確認。「1分間以内にお客様が離脱する傾向が高いページは、使いにくいと判断」(同)し、見つけるとすぐにDev Opsがマーケティング部門と検討を重ね、ボタンの位置変更や色を変えるなどの作業を行っている。

チームの仕事量や課題を可視化した独自の「カンバン方式」

蝶採課長はシステム更新に合わせ、業務改善のユニークな取組みにも着手した。それがトヨタ生産方式(TPS)で知られる「カンバン方式」の導入だ。

カンバン方式は量販店などで商品管理用に「商品名」「品番」「保管場所」など、商品に関する情報記載のカードから生み出された生産管理手法。トヨタ自動車ではカードを「カンバン」と呼び、生産管理工程で部品を調達する際、どの部品が使われたかを共有するツールして使われたことから、カンバン方式と呼ばれるようになった。

蝶採課長は各スタッフの業務進捗状況を可視化するツールとしてカンバン方式を使った。具体的には付箋を使い壁一面に貼って管理する。例えば、ピンクの付箋はバグ発生を意味している。そのため、壁にピンクが目に付く日は「品質に問題あるのではないか?」と対応策を検討するという。

壁に貼られたカンバン方式の付箋。担当者の顔イラストも付けている

壁に貼られたカンバン方式の付箋。担当者の顔イラストも付けている

「この方法で誰が、どの作業に入っているのか、各スタッフがどれぐらい仕事を抱えているのかが一目瞭然に分かる。また、どの工程に問題があるのかも把握できる」と蝶採課長は胸を張る。カンバン方式を導入するため、蝶採課長はTPSを独学で学習した。Dev Opsのカンバン方式は社内でも評価が高く、今後は社内で横展開もしていく計画だ。

顧客を重視しグループでいち早くスマホ版アプリを提供

アクサ生命ではWeb版に加え、2016年5月にMyアクサのスマホ向けアプリの提供も始めた。アクサグループでは本社が主導し、スマホ用アプリケーションで共通の枠組を構築。それを各国の法人が共通UIのもと、カスタマイズしている。その中で日本法人では他国の法人に先駆けて行った格好だ。

背景には「多くの人が使うスマホで、利用者が便利なサービスを提供するのは同然」(蝶採課長)という、顧客サービスを重視した考えがある。日本のスマホアプリは2015年後半にプロジェクトが立ち上がった。アプリは12月には完成。App StoreやGoogle Playストアでの提供を始めていた。

しかし、その時点ではパイロット版として、顧客には告知をしなかった。代わりに、社内でダウンロードを行いバグや不具合をはじめ、使い勝手を徹底的に検証していった。そして満を持して2016年6月に正式に発表した。

スマホ向けアプリの画面

スマホ向けアプリの画面

スマホ向けアプリの評判は上々だという。実際、アクサ生命が調査会社を通じて行った顧客のヒヤリングでは「すごく使いやすい」という評価を得た。ほかにも「これまでのアクサ生命は商品を売って終わりのイメージだったが、顧客のためにいろいろサービスを考えているところが素晴らしい」という声も寄せられた。「その一言で、我々が汗をかいたかいがあった」と蝶採課長は満面の笑顔を浮かべる。

プライベートクラウド構築でスピードをさらに早める

MyアクサはCMSとアプリケーションをパブリッククラウドで接続しているが、2017年中にはプライベートクラウドへの移行を考えている。プライベートクラウドは、独自のセキュリティポリシー(方針)を適用できるため、強固なセキュリティを確立した上で柔軟に運用することが実現できるというのが理由だ。

「システム全てクラウド化すれば、機能などの変更もさらに高速化できる。グーグルやアマゾンのように1日数百回の機能変更をしていくことで、高いサービスの提供と差別化を図り、顧客満足度を上げていきたい」。最後に蝶採課長はこう意気込みを述べた。

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