【情シス奮闘記】第8回 ポイントシステムを一本化 顧客分析も活用し利用者増につなげる JR東日本
東日本旅客鉄道(JR東日本)は2016年2月、グループ経営構想で掲げる「一体感のあるグループ経営」の推進を目的に、JR東日本グループの駅ビルなどで使用可能なグループ共通ポイントサービス「JRE POINT(ジェイアールイー・ポイント)」をスタートした。まずはアトレ、ボックスヒル、グランデュオ、シャポー、テルミナで開始。2017年3月末には17社、72施設(約4500店舗)まで拡大する計画だ。
佐野太・東日本旅客鉄道 事業創造本部 地域活性化部門 課長 事業開発グループ グループリーダー
一方で、こうしたグループ内の駅ビルでは独自のポイントサービスやプログラムが導入されており、JR東日本が掲げるグループ経営構想の課題となっていた。そこでJR東日本ではポイントシステムの統合と、そのデータ分析に着手した。その取り組みについてプロジェクトマネージャー(PM)を務めた佐野太・事業創造本部 地域活性化部門 課長 事業開発グループ グループリーダーに聞いた。(取材・文:水上健)
この記事の目次
グループ会社で24種類のポイントシステムが存在
JR東日本では駅ビルを包括するショッピングセンター(160か所)での売上高が1兆円超、駅内のコンビニ、そば屋、カフェなど、グループ会社の駅スペース活用事業の売上は約4000億円に上る。合計で1兆4000億円の売り上げがあり、年々拡大を続けている。
一方で、駅ビルは個別の企業が運営してきた。駅ビルの運営会社は、JRの民営化などで駅ビルとは資本関係が成り立ち、JR東日本傘下になったが、基幹システム、ポイントシステムなどは現在も旧態依然のままの運営が続いていた。
結果、グループ会社の所有するポイントシステム数は24種類にも及んだ。そのため、「お客さんから見るとJR東日本は1つなのでポイントサービスも1つあってほしいという要望は高く、ポイントシステム刷新は、会社として高い問題意識があった」と、佐野課長は話す。
また、「連結ベースでみると、各社に投資するより一本化したほうが運営コストの削減につながる」(佐野課長)という考えもあった。そこで、JR東日本では自社開発でポイントサービスと顧客情報を含めたシステムの統合に踏み切った。
システムの一本化では、高水準のセキュリティ水準を求められるため駅ビル単独では導入への敷居が高かったWeb連携を核に、Webサービス、スマートフォン用アプリの提供も目指した。
PMは新規事業請負人
このプロジェクトマネージャー(PM)として、白羽の矢が立ったのが佐野課長だった。佐野課長は入社後には一貫して、非鉄道部門プロジェクトの立ち上げに携わり、新規事業請負人としてこれまで経理、人事など、さまざまな部署で活躍。ポイントサービス一本化プロジェクトの前はホテル再建事業のPMとして現場の指揮を執ってきた。一方で「システムはユーザーとして使ってきたレベル」(同)と、情報システムの専門家ではなかったという。
2013年に検討が開始されたプロジェクトチームには佐野課長のほか、システム開発の経験者1名、電子マネー(IT・Suica事業)に携わった社員が2名、商業施設造りの経験を持つ1名が参画した。2014年4月にはチームが発足。佐野氏は前プロジェクトが終了した7月から合流した。
プロジェクトでは、グループ会社各社の顧客データを中心としたデータベース(DB)の統合とポイントシステムのみを切り出し一本化を行い、活用する「ポイント制度の見直し」を検討。そこでプロジェクトチームに課せられたミッションは、顧客DBのデータフォーマットの共通化とデータ分析を行い、マーケティングデータとしての活用することだった。
マーケティングのための分析ツールとなる「顧客分析システム」は、ポイントサービスで蓄積した顧客情報を分析し、利用者へのサービス品質を高めることと、販促活動に活かすことを目的に、検討段階でポイントシステムとともに検討が行われた。
「貯まりやすく、わかりやすく、使いやすい」ポイントシステムを目指す
JRE POINTの第1フェーズで導入を考えていた駅ビル5社(アトレ、ボックスヒル、グランデュオ、シャポー、テルミナ)のうち、アトレはこれまでも独自に顧客分析システムを活用してきた。しかし、ほかの駅ビルでは性能が低いシステムだったり、システム未導入だったりするなどの差が見られ、「総合的なマーケティングに活かすことは困難な環境だった」(佐野課長)という。
こうしたなか、JRE POINTは「貯まりやすく、分かりやすく、使いやすく」を目指し、自社開発で行われた。
まず、ポイントサービスでは「使いやすい」ように改善した。従来のポイントサービスは500ポイントが貯まるごとに500円分チケットを還元していた。しかし、500ポイントを獲得するには5万円分の買い物をする必要がある。
その結果、ポイントがたまらずに失効してしまう利用者が多く見られた。この課題を解消するために、買い物したその場でポイントを現金代わりで使えるよう、1ポイント=1円単位での付与することも決めた。
次に、目的の1つである顧客分析ではリゾーム(岡山市)のポイントカード顧客分析システムのクラウドサービス「戦略会議NEXT」を選定。属性、コアターゲットの割り出し機能、買い回り傾向などの沿線顧客情報の把握、販促施策を評価した。このシステムはアトレで導入実績があった。そのため、計画段階からサービスの導入を決定しており、ほかのベンダーには声をかけない一本釣りだったという。
実はJR東日本では顧客分析システムもスクラッチ(新規開発)によるシステム開発と、アドオン(機能追加)によるオプション機能で、ベンダーへの委託も視野に入れていた。しかし、「駅ビルのポイントカード分析でリゾームのシステムは一日の長があり、評価も高い。コストから見ても自社開発より安い」(同)ことから外部のシステムを利用することにしたという。
戦略会議NEXTについてはアトレで使われてきたユーザーインターフェイスのため、一部の店舗では慣れ親しんだ使い勝手のよさも評価した。また、オプションでリゾームが提供するデータベース(DB)「SC GATE(エスシーゲート)」を利用できることも大きかった。SC GATEでは全国のショッピングセンターのテナントの入れ替え状況などを確認ができるため、顧客分析システムの結果を同列での比較検討が可能になるからだ。
また、JR東日本では駅ビルに入居するテナントの業種分類が各社で表記が異なっており、「カフェ」を「喫茶」「飲食」などと分類していたため、データの統一性に欠けていた。そこで、新システムでリゾームの分類に統一することを決め、各駅ビルが同じ土俵での比較対象を可能とすることで、スピーディーな分析も期待した。
各社情シスのつながりが生まれる
一般にポイントシステムを変更することは、各社が売りにするコアなサービスの変更を余儀なくされるケースが多い。JR東日本もその例にもれなかった。
「どんなプロジェクトでも同様だが、業務の基本となる部分を入れ替えると、サービスを使用するユーザーとなる駅ビルの担当者の仕事が大きく変わってしまう。頭では理解してはもらえたが、それを業務として納得してもらうことに苦労した」と佐野課長は振り返る。
これは各社が顧客とするターゲット層が異なり、提供するポイントサービスにこだわりを持つことが背景にある。そのため、新システムの導入に向けたグループ会社の駅ビルとの会議で議論が紛糾することもあったという。そこで指令塔となるJR東日本を中心に、サービス内容などの方向性を一本化させるための十分なすり合わせを行った。
こうした取り組みを行う一方で、開発は着々と進んでいった。顧客DBの統合をはじめとする作業は順調に進み、2016年2月にはポイントシステム、顧客分析システム、スマートフォン(スマホ)版アプリが同時に稼働を開始した。
JRE POINTではマーケティング活用として、ポイントを使った最終日を起点に期限が2年間延長されたほか、Webへのログインやアプリをダウンロードし来店するなどのアクションを起こした際に高いポイントを期間限定で付与する「ポイントキャンペーン」も実施した。なかでもポイントキャンペーンは他社との大きな差別化になったという。「リアル店舗で、ダブルポイントを実施しているところはほかにない」(同)というのが理由だ。
新システムで導入した顧客分析システムの機能は大きく分類すると、会員ABC分析、時系列分析、新規・リピート分析、会員抽出などの「販促分析」、クロス集計機能、ショップ向けカスタマイズレポートなどの「日常業務の効率化」のほか、ショップABC分析、買い回り分析、反応検証などがある。こうしたデータは各社の情報システム担当が持ち寄る月1回の会議で大きく役立ったという。
ポイントカードの時間帯別客数(棒グラフ:当年と前年の実数 折線グラフ:構成比)
ポイントカードの年代別での売り上げ (※2つともに画像はイメージ)
「各社の情報システム担当者は、これまでは自社の業務だけをやっていればよかった。しかし、JRE POINTによってデータベースなど、ある程度の部分が閲覧可能となり、情報のチェーンを構築するとともに担当者同士のつながりができた」と佐野課長は説明する。
情シス同士が学習や情報交換ができる土壌が築けたことで、会社として目指す「現場でマーケティングの実践」という観点からも、現場レベルの底上げができた。「(新システムによって)競争心も生まれ、これが最終的には売り場での売上として還元できるようになる。システムを導入しただけでは生まれない効果を得ることができた」と佐野課長は話す。
一方で、新システムでは顧客アンケートも実施した。「この1か月間で買い物に行ったきっかけはなんですか」との質問を投げかけた。回答の1位は「欲しいものがあったから」、2位は「ダブルポイントキャンペーンがあったから」、3位は「ポイントの有効期限が切れそうから」と続いた。
この結果から「お客さんは有効期限を意識していることが分かった。だから有効期限をお知らせすることで、お店に来てもらえるきっかけになると考えた」(同)という。「きっかけ」というアナログな部分はデータ分析が不可能だ。しかし、新システムではこうした情報分析も可能になったと佐野課長は話す。
佐野課長はスマホ用アプリ「JRE POINT」について、今後も重要なサービスと位置付けているという。ユーザーがアプリを立ち上げた瞬間、最寄りの駅ビルで催しているキャンペーンなど、生の情報を告知できるようにしたからだ。
「これまで情報を告知するには、中刷り広告や首都圏のJR主要8路線の車内で映像を配信するトレインチャンネルなどを中心に行ってきた。しかし、情報を求めているターゲットに届いているかが分からなかった」(同)といい、利用者への利便性向上につながると期待している。
Webとの連携強化で“JRならではの世界観”を提供
JRE POINTはその後、第2フェーズへと移行。利用可能な施設は2016年12月に11社・57施設(約3500店舗)まで拡大した。JR東日本では2017年3月までに17社72施設、4500店舗での活用を目指している。
新システムの導入は無事に終わったが佐野課長は満足をしていない。店舗の売上が上がっても、景気がよいのか、気温が低くなったために冬物が売れたのか、ポイントがあるため買い物に来たのか、「分析で判断つきかねる部分が多い」(同)ためだ。そして「今後2~3年間の長いスパンで見ないといけない。また、JRE POINTのファン作りを徹底、人口減少のなかでも売上が下がらないような仕組みを構築しないといけないだろう」と気を引き締める。
JR東日本の強みは通勤通学に電車を利用するユーザーと、JR駅の周辺に在住し駅ビルなどに立ち寄るユーザーという巨大な顧客マーケットを持つことだ。こうした環境のなかで、佐野課長はWebとの連携強化も視野に入れている。「個人的な考えとなるが」と佐野課長は前置きした上で「今後はWebサービスとの連携をさらに展開していきたい。駅ビルをもっと便利に使ってもらうには、来店してもらうだけではない」と話す。
その構想の1つが、出勤の電車の中でスマホからネット注文した商品を通勤帰りに受け取れるような仕組みだ。ここでもカギとなるのは、来店、店舗・ネットでの購入などとポイントとの連携だという。
「日本の人口減少が進むなか、ハード、ソフトの双方でJR沿線に住む人が便利だと感じてもらうことが大切。それを広くアピールしていきたい。それがJRならではの世界観になる」と佐野課長は強調した。
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