第5章 工藤伸治のセキュリティ事件簿番外編 箱崎早希と超可能犯罪の壁
5章 不可能納期
[前回のあらすじ] 不審なアクセスを詳しく調査していく工藤と早希……ログの解析だけではなかなか犯人に結びつかない。しかし、システム開発部で犯人の手掛かりになるドローンを発見した!
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ドローンを使った踏み台以外には新しい発見はなかった。だが、これで完全に犯人はシステム開発部の人間に絞られた。他の人間が部内に入ってドローンを天井に張り付かせるのは難しい。犯人はひそかにドローンを持ち込み、天井に張り付かせ、その後は定期的に天井からおろして充電し、天井に戻していた。今朝の位置が不自然だったのは、誰かに見つかりそうで急いでいたのかもしれない。
だが、そこまでしてなにをしようとしているんだ? 受託業務のコードを盗んで自分の会社を脅して金を巻き上げようってのか? 会社に対する復讐か? ドローンを見つけた後、ずっと動機を考えていた。だが、わからない。なにかとても大事なことを忘れているような気がする。
昼になって、食事のために廊下に出るとなんとなく違和感を覚えた。立ち止まって、それがなぜなのか考えていると早希が通りかかった。
「なあ、なんか雰囲気が違わないか?」
「お昼ですか?」と挨拶してきたのを無視して尋ねる。
「わかりますか? 他人の心情を理解できないタイプの方かと思っていましたので意外です」
早希がわざとらしく驚いて見せた。
「あんた、いつも一言多いよな。嫌われるぞ」
「一部の方には好評です。他人の瑕疵につけ込む仕事の工藤さんに受けないのは心外です。納期前に納品できたので、ほとんどの部員が今日は定時に帰れると浮足立っています」
無理だ。そんなことができるはずがない。
「おいおい。納期前に納品って、どこの世界の話だ? 資料に書いてある通りの要求仕様のものができたっていうのか? 21時までしか仕事しないで?」
「そうだと思います」
「あの人員で? 全員徹夜しても終わらないと思ったんだが……」
そもそもあの見積もりは過剰な残業と徹底的に叩いた単価の上になり立っている。システム風紀部の設定した勤務時間でできるはずがない。増員されたなら話は別だが、そんなことはなかったはずだ。
「うちの部員が工藤さんの想像以上に優秀だったのでしょう」
早希も疑問を持っているようだが、オレほどには疑っていない。その時、オレの頭にひらめくものがあった。
「……そうか、そういうことか。わかった」
「どうかいたしましたか?」
早希に事情を説明すると、すぐに理解してくれた。問題は、どうやってそれを証明するかだが、ドローンを回収しにきたところを尾行するのが一番だろう。オレの仮設が合っているなら連中は今日ドローンを回収する。
「システム開発部長と営業部長、それにもし可能なら担当取締役と社長も呼んだ方がいい。できるか?」
オレの言葉に早希は目を丸くした。いちおう上場企業だ。担当取締役と社長を呼び出すってのは一大事だ。
「システム風紀部設立に当たって、関係者とホットラインを作りましたからできますけど、社長までとなるとおおごとです」
「ある意味、大スキャンダルだし、大事件だ。オレの言ってる意味わかるよな。これが露見したら相当やっかいなことになる」
「それはわかりますが、その推理は本当に合ってますか? 間違いました、ではすまされませんよ」
「合ってるはずだ。開発と営業の責任者と経営者が自分の目で確認すべきなんだ。あんたもそう思うだろ」
早希は黙ってうなずいた。
オレや早希は顔が割れているので懇意にしている興信所から尾行のための探偵をふたり借りた。ふたりも必要ないと思ったが、念のためだ。
夕方からオレと早希は監視カメラに陣取って、誰かがドローンを回収するのを待っていた。やがて定時の18時になると、システム開発部の人間が帰り支度を始めた。その中の一人がドローンに向かって手を振って堂々とジェスチャーし始めた。
「スマホも持ち込み禁止なのにどうやって操縦していたのかと思ったらジェスチャーだったのか」
ジェスチャーなら通信機器は不要だ。ドローンの目が操縦者の手の動きから指示を読み取ってくれる。
ドローンは折りたたんでいたらしい4つのプロペラを広げた。クアッドコプターだ。そしてそのまま天井から離れて飛行し、操縦者の足元に着地した。周囲で拍手が起きる。
「やっぱり全員グルだったな」
オレがつぶやくと早希がため息をついた。
「工藤さんのおっしゃる通りのようですね」
システム開発部全員が連れ立って部屋を出た。大人数だからすごく目立つ。えらく簡単な尾行だ。オレは、尾行要員に犯人たちが部屋を出たことを伝えた。
それから待つこと10分。行き先が判明したとの報告が来た。
オレと早希、それにシステム開発部長、システム営業部長、社長の5人は会社を出た。えらく重い雰囲気だ。それぞれの立場と思惑が絡み合って誰もなにも言わない。
「どうやら納品の打ち上げをやるようです。途中で食べ物や飲み物を買い込んでいたそうです」
オレはそう言って笑ったが、誰も笑わなかった。早希は社長の横で事情を説明している。社長はまだあまり事態を把握していないようだ。仕事を引き受ける前に調べた評判では社長は苦労人で、オレの考えているような結末にうまく導いてくれそうだった。
システム開発部の人間が集まっていたのは会社から5分くらいの場所にある賃貸マンションの一室だった。尾行していた興信所のヤツが内側からマンションの入り口のオートロックの自動ドアを開けてくれた。
「305号室です」
そいつは言葉少なにそう言うと、そのまま去って行った。オレは他の4人に目配せし、無言でエレベータに乗り込む。残りの4人もすぐに続いた。
「なんてバカなことをしてくれたんだ。犯罪だぞ、これは」
開発部長が小声でうめいた。
「とんだとばっちりだ」
営業部長が吐き出すようにつぶやくと、開発部長がじろりとにらむ。一触即発ってヤツだ。社長は長いため息をつき、それが終わる頃にエレベータは3階に着いた。