第2章 工藤伸治のセキュリティ事件簿番外編 箱崎早希と超可能犯罪の壁

  • 2015/11/13
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2015/11/13

2章 魔法使いの弟子

工藤伸治のセキュリティ事件簿番外編 箱崎早希と超可能犯罪の壁

[前回のあらすじ] 工藤と早希が初対面。早希の所属する会社に不正なIDと端末を使ったアクセスが発生。工藤は早希から事件の概略を聞くが・・・。
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オレはひととおり質問した後で、早希に連れられてシステム開発部の中を見せてもらった。入室にあたって規則ということでスマホとUSBメモリなどを取り上げられ、ロッカーにしまわれた。

オフィスははやりのパーティションで個人スペースが区切られている対タイプではなく、フラットに見渡せるようになっていた。

室内を歩くと、部員がそれとなくオレを見ているのがわかる。早希はオレがなぜここにいるのかを説明せずにオフィスの中をすたすた歩いてゆき、すらりとした二本の脚が交互に動くのを観察しながら、オレは後をついていった。天井の数カ所に火災報知器と監視カメラが設置されている。最近交換した火災報知器の真新しい白いプラスティックが目を引いた。特にこれといって気になることはない。

オレと早希は会議室に戻り、状況をおさらいした。


・存在しないIDからのアクセスが複数回確認された。早希が視認し、その場で使用されたIDをメモした。確認したところ、新規に発行されたIDや元社員や休職中の社員のものだった。

・開発部の端末は21時以降すべてシャットダウンされており、そこからアクセスされた可能性はない。

・ログインした後になにをしたかは不明だが、早希が視認した範囲では進行中のプロジェクト関連のファイルにアクセスしていたらしい。

・改竄や破損などの被害は発生していない。データやコードを盗まれた可能性はある。

・ログが存在しないため、なにが行われたのかは不明。

・オフィスのあるビルの入館記録では不審者の入館はもちろん開発部の人間の入館も記録されていなかった。


素直に考えれば犯人は、開発部に侵入し、自分の端末から不正なIDでアクセスしてきたということになるが、ビルの管理会社の入館記録や監視カメラによればそれはないことになっている。どっかからひそかに入館した可能性もないわけじゃないが、管理会社の説明を聞く限りではかなり難しそうだ。とりあえず除外して考えてもいいだろう。そうなると犯人は通常勤務時間帯に開発部に入り、部内のどこかに翌日の勤務時間帯まで隠れ、アクセスしていたことになる。ごくろうなことだが、そうなると犯人は通常の勤務時間帯に部内にいて不審ではない人物=開発部の人間ということになる。だが、風紀部の規則で21時以降の残業は禁止されており、チェックされているはずだ。早希がわざわざ時々抜き打ちで見回って全員が退社するのを見届けているという。抜き打ちチェックの日にも不正アクセスは確認されていた。この可能性は低そうだ。

まずはデータにあたらなければいけない。言わば現場検証のようなものだ。現場百回というのは警察だけの専売特許でなく、オレのような仕事の人間にも当てはまる。システム開発部のレイアウト図、部員の人事データ、端末など関連する資料一式見せてもらうことにした。

「私は業務がありますので、これで失礼します。開発部の人間に資料を届けさせますので、本日はここで資料の読み込みをなさってください」

早希はそう言い残して去っていった。沢田は揉み手をしながら、「のちほど見積書をお送りいたします」と早希の背中に声をかけた。そして扉が閉まると、オレを残してそそくさと帰って行った。

残されたオレは、あるひとつのことを考えていた。不自然なことが頭に引っかかっている。こういう上場企業ならあるはずのものがない。あるいは説明されていない。なぜだ? その時、ノックの音がした。「どうぞ」と声をかけると、扉が少し開き、ひょこっと女の顔がのぞいた。

見間違いかと思って、もう一度目を凝らして見ると、アニメのキャラが少し残念なバージョンになって三次元化した女が部屋に入ってきた。髪の毛を金髪に染めて、目に青いカラコンいれて、ふりふりの服を着た妙なテンションの女だ。眼球をくりくり動かしながら話しかけてきた時、一瞬帰りたくなった。

「工藤さんですよね。間違ってたら困るんですけど」

未知の世界だが、いまどきはこういう連中も普通の職場にあふれているらしいから慣れなければいけないんだろう。

「オレは工藤伸治。間違ってない」

目を合わせると危険だという気がした。

「この資料を渡すように言付かってきました」

しゃべり方はいたってまともだ。変わっているのは外見だけ。じゃっかん鼻にかかった発声法がなにかを連想させるがそれはよしとしよう。見かけで人を判断してはいけないことは、オレ自身が身をもって証明している。やさぐれた中年男にサイバーセキュリティコンサルタントが務まるように、この女だってきちんとした社会人なのだ。

「ありがとう」

「この資料はあたしがまとめましたので、ご不明な点がありましたらお知らせください。システム開発部の眞中(まなか)といいます」

「あんたがひとりで資料をまとめてくれたのか?」

かなりのボリュームだ。集めるだけでも手間だったろう。もう一度お礼を言いたくなった。

「魔法使いの弟子ですから」

コミュニケーション難易度が上がり、警戒レベルに達した。

「今の比喩はオレには難しい」

「システムは現代の魔法でしょう? その見習いだから、魔法使いの弟子。パパがゲームの開発をしてたんで、子供のころからなりたいって思ってたんです。パパの作ったゲームすごいんですよ」

なぜこいつはこんなに馴れ馴れしいんだ。そんなに個人情報を自己申告しないでくれ。

「いつでもお気軽にお申しつけくださいませませ」

女は独特のしぐさで踊るように部屋を出て行った。普段のオレなら、「ませ」は余計だというところだが、完全に毒気を抜かれてしまっていた。早希がにやにやしながら、「毒を以て毒を制す」とつぶやいている姿が頭に浮かんだ。

資料には早希が説明してくれたこと以上のものはなかったが、オレの頭にひっかかっていたことの答えが記載されていた。だが、それは余計に謎を呼んだだけだった。

この会社では社内外問わず、かなり詳細なアクセスログを取っている。それがあれば、被害状況を的確に把握し、犯人の目的を明らかにできるはずだ。なぜ、それをしない?

考えても答えが出ないので、パラパラと資料を斜め読みした。開発部の部屋は、IDカードで認証するようになっており、入室記録も残る。部屋にはスマホやタブレットなど通信機能を有する物、記憶媒体として利用できるものは持ち込めない規則だ。部屋の手前にロッカーがあり、そこに預けておき、電話したい時にはいったん部屋をでることになっている。もちろん黙って持ち込むこともできるようだが、抜き打ちで検査が行われる。

結構ちゃんとしているんだなと思っていると、ノックもなしに扉が開いて早希が現れた。手にプリントアウトの束を持っている。

<毎週金曜日更新 次回は11月20日(金)です!>

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