シリーズDXの現場#01:世田谷区DX推進方針 Ver.1
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術の導入や活用をきっかけに、「変革」 し続けていくことです。
そしてコロナ禍という背景もあり、様々な分野でデジタル技術の導入が加速しています。そしてデジタル技術は、人々の日々の生活に必要不可欠なものとなり、社会全体を変えています。
このような背景もあり、企業においては速やかなDXの実施が求められているといえます。しかしながら、DXには”これ”という方法はなく、各社の事情によりその内容は異なるため、「何をしたらよいのか?」と悩んでしまう情シスの方もいらっしゃることでしょう。
本シリーズではDXを行った企業や自治体の事例を取り上げ、それぞれの企業におけるDXの参考になればと思います。
第1回は、世田谷区がガートナーと手を組みDXを実施した「世田谷区DX推進方針 Ver.1」についてご紹介します。
世田谷区DX推進方針 Ver.1 とは
そもそも「世田谷区DX推進方針 Ver.1」とはなんなのでしょうか。世田谷区では以下のように定義しています。
変わりゆく社会情勢や行政ニーズに柔軟に対応するため、デジタル・デバイド(インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差のこと)の課題も踏まえた上で、デジタル技術を導入することによる「変革」にこれまで以上に重点を置き、区の全組織をあげて取り組んでいくことを定めたもの
<世田谷区HPより抜粋>
先にも述べましたが、コロナ禍の影響もあり、様々な分野・レベルでデジタル技術の導入が加速し、デジタル技術は人々の日々の生活に必要不可欠なものとして、社会全体に影響を及ぼしています。それは地方自治体においても例外ではありません。
世田谷区では、先行して変化している人々の生活に自治体が追い付いていないという認識のもと、これまでも行政サービスのデジタル化によるサービスの向上を目指していました。しかしながら、日々変わる区政課題、デジタル技術を踏まえて続けること、改めること、始めることを考え、行政サービス、参加と協働、区役所の3つの観点からこれからの世田谷区をデザインし再構築すること(=世田谷区のDX)を決め、そのコンセプトを「Re・Design SETAGAYA」と定め、コスト最適化を進めつつ、先を見据えた住民目線のDXの推進を行っています。
「Re・Design SETAGAYA」に舵を切った背景
まず、社会的背景がその一つにあります。あらゆる産業において、新たなデジタル技術を利用したこれまでにないビジネスモデルが展開され、個人の生活や企業の経営戦略、そして行政にも変化が生じてきています。
私たちの身近な生活においても、総務省「令和元年通信利用動向調査」 によれば、個人におけるモバイル端末保有率は 84.0%、20~64歳までの保有率は90%以上となっており、個人の生活におけるネット環境を始めとしたデジタル化の影響は多大なものとなっています。
世田谷区では、窓口での待ち時間を減らすためのシステムの充実や業務の効率化、福祉の現場における情報共有など、人々の暮らしを支える行政サービスの基盤をアップデートすることに取り組んでいました。
多くの人が「区役所」に関わる手続きの場面において、区は、区民の困りごとに丁寧に対応するため、対面でのコミュニケーションを大切にしながら、施設予約システムや電子申請のシステムなどを導入し、区民の利便性の向上を図ってきました。
また、防災マップアプリや子育て応援アプリの配信、SNSを活用した情報発信など、人々のモバイル端末の利用に合わせた取組みや、全区立小中学校のICT環境整備や児童生徒へのタブレット配付なども進めています。
区役所庁内においても、文書管理、財務会計、人事庶務のシステム化や紙資料の削減、近年ではRPAの活用、モバイルワーク環境の整備など、継続的に内部業務改革を進めています。
しかしながら、これらは既存業務のデジタル化にほかなりません。そして、世田谷区は大きな決断をしました。
コロナ禍を背景に、令和2年度後半から令和3年度における区政運営の指針として「世田谷区政策方針」を策定していますが、その柱の一つに「施策事業の本質的な見直し、事業手法の転換」を掲げ、ICT等を活用した行政サービスの向上に取り組むとともに、時代の変化に敏感な若い世代の提案を受け入れ、新しいスタイルの働き方で区の業務の効率化を一層進めていくこととしたのです。
そして今後、これらの取組みをさらに加速させていくとともに、区としてDXをどう捉え、どう推進していくのか、あらためて方向性を示すため、「世田谷区DX推進方針Ver.1」を定めることとなりました。
この方針は、情報化推進計画に掲げる3つの情報化政策(「区民の力を活かす情報化」、「行政経営を支援する情報化」、「情報化基盤の強化」)を根本的に見直すものではありませんが、変わりゆく社会情勢や行政ニーズに柔軟に対応するため、デジタル・デバイドの課題も踏まえた上で、デジタル技術を導入することによる「変革」にこれまで以上に重点を置き、取り組んでいくという表れです。
皆様はお気づきでしょうか? このような取り組みは、なにも行政特有のことではないことに。企業の事業活動にも、社内の活動でも同じことが言えるのです。
では次に世田谷区がどのような考え方でこの取り組みを行ったのか見ていくことにしましょう。
DXを推進する羅針盤、3つの方針
DX(Digital Transformation)は、Digitizationではありません。置き換えではなく、最終的に何を目指すのかをはっきりさせ、デジタル技術を駆使した”新しい存在に変身”することがDXであり、その実現の過程でブレない為にも”なぜ行うのか”という点はおさえておく必要があります。
世田谷区ではDXを推進する上でその羅針盤となる3つの方針を決めることから始めています。そしてこの3つの方針をもとに、それぞれ具体的な取組みに落とし込んでいます。
1)行政サービスのRe・Design
【 区民の視点からの変革 】
区民の視点や困りごとに立ち返り、行政サービスを再構築していく。区民は、デジタル化によって、時間や場所を選ばず、必要な情報を得たり問合
せや手続きができる。
すべての区民にとって、行政サービスの選択と利用のハードルを下げ、快適なサービス利用をデザインしていく。
2)参加と協働のRe・Design
【 多様化の推進 】
区民や地域団体、事業者、行政などが、それぞれコミュニケーションをとったり、地域活動に参加する機会を、デジタル化の推進により多様化する。
民間企業やNPOなどは、地域の課題解決のための活動をする上で、電子申請やオープンデータ、行政の協力体制から、世田谷区での活動を選択する。
3)区役所のRe・Design
【 役割のシフト 】
デジタル技術やデータを活用した業務改善により資源を生み出し、対人・相談業務や企画立案などにより注力するなど、業務を再構築する。
BCP対策やワークスタイル改革として、職員が社会情勢やライフステージの変化にも対応し、業務の維持・向上ができる強固な基盤を構築する。
世田谷区がDXを推進する上で定義した方針は上記の3つですが、方針は2つではダメなわけではないし、4つあってもよいと思います。
しかしながら、忘れてはいけないことは”どんな世界を構築したいのか”グランドデザインをきちんと整理しておくことにあります。
”青写真”がしっかりしていれば、スモールスタートでできるところから手を付け始めたとしても、最終的なサービスにずれは生じません。
自社のDXを考えた場合、こうのような方針がどうなるかを考えてみるところから始めてみるのが良いのではないでしょうか。
では、世田谷区ではどのようにDXを実施したのでしょうか?
世田谷区のDXへの取り組み
まずは世田谷区のRe・Designの取り組みを見ていくことにしましょう。
<出典:世田谷区DX推進方針 Ver.1より>
まずは3つの方針に沿って、課題としているサブ項目を抽出しています。そして、各項目に対して現状分析と目指すべき姿を書き出しています。これが今回のDXのグランドデザインといえるでしょう。
実現手段は様々にありますが、最終的に創出する”価値”をわかっていれば、どのようなテクノロジーを使い、どうやって構成とするかなど最適解を導くことができます。また、流行りのアジャイル開発を用いてトライ&エラーを繰り返しながらスモールスタートで始めるにしても、最終的なゴールに到達する過程でのブレが少なくなることでしょう。
これらの手法は大いに参考になるのではないでしょうか。
そして世田谷区ではこのDXに取り組むにあたり、まずは、即着手できるものからスモールスタートし、トライアンドエラーによる改善を進めると同時に、中長期的視点に立った研究・検討を行うことを基本としました。
その結果や国・都の動向等を踏まえ、ビジョンと具体的な取組みをDX推進計画等に位置付けた上で、常に改善を繰り返しRe・Designを加速していく体制作りもこれに合わせて実施しています。
<出典:世田谷区DX推進方針 Ver.1より「Re・Designの実践方法」>
DXを実現させる推進体制
世田谷区では、区長をトップとする組織横断的なプロジェクトチームを設置。推進方針の策定から今後の取組みまで検討し、組織横断的な指示を迅速に行うことができるようにしています。
これは自治体のみならず、一般企業においても専任組織を用いる方法は有効です。何故ならDXを実施することにより既存業務が消滅、即ち自動化または廃止される可能性もあるからです。担当する自分の業務がなくなることに不安を覚え、理想的な方法・手順から逸脱し、自分の仕事を守るようなアクションが行われることも業務改革を行う際にはよく見られる行為です。
特に世田谷区においては、自治体という特性上、DXの取組みを推進するための人材確保というのは難しいことだったと思います。民間企業の副業推進や地方公務員制度の改正を踏まえて、DX全体の計画への助言や個別プロジェクトなどに民間人材を活用していくことで、これを補っています。
<出典:世田谷区DX推進方針 Ver.1より>
このような考え方も特に中小企業などでは検討すべきではないでしょうか。デジタル人材の確保に向けた競争が激化する中、”正社員のみ”という純血主義では雇用負担や人材獲得も難しくなります。そこで考え方を変え、一定期間の雇用で信頼関係を築きながら実施に至るプロジェクト単位での人材登用なども考えていく必要もあるでしょう。
今回のケースでは民間アドバイザーとしてガートナーがそのパートナーとして選ばれています。
すべてを内製できればベストかもしれませんが、そのような人材が内部にいなければプロジェクトの進捗にかかわります。
本プロジェクトにおいてガートナーは中立、そして客観的な知見を提供しています。
- 随意契約の調達案件において、調達条件の精査などドキュメント・レビュー
- 個別の課題に対し、その領域を熟知したガートナー・エキスパートとのディスカッション
- 組織、人材育成、バイ・モーダル、などDXおよび組織運営に関わる知見を提供し、グローバルの情報は日本の状況に照らし個別に解説
- コミュニケーション・ツール選定における製品比較、導入のポイントに関するレポートやツールキットの利用
”餅は餅屋”とでもいいましょうか。作業を丸投げするようなことはあまりおススメできませんが、第3者の視点や知恵を取り入れるのは悪いことではありません。
しかしながら、今回のケースで最も注目すべきは、このDXへの取り組みに関して、若手を中心としたメンバーが主体となって推進していることです。
プロジェクトの本格稼働開始からわずか4か月後の2021年3月には 「世田谷区DX推進方針 Ver.1(Re・Design SETAGAYA)」 を公表するに至っています。
デジタルネイティブ/モバイルネイティブ世代の視点を反映させたことに意義があるのではないでしょうか?
”実施体制”の図中にも「若手職員の意見も積極的に取り入れていく」という記載があるように、集合知を活用し、最適解を求めた手法はDXの成功例として一つ参考になるのではないでしょうか。
【執筆:編集Gp ハラダケンジ】