上戸 健一 氏
うえと・けんいち/株式会社ミライル 取締役副社長。採用コンサルティング部の担当役員として、「HRaris」プロジェクトではPO(プロジェクトオーナー)を務める。
新規事業の立ち上げは、不確実なロードマップと答えなき選択の連続だ。 どれほど精緻な事業計画を立てようとも、現場の最前線では「まったく売れない」「顧客に価値が届かない」といった想定外の事態が必ず牙をむく。
自社プロダクトすら存在しなかった「Excel運用の時代」から、前身プロダクト「採用見える化クラウド」の挫折、そして2026年6月リリースの『HRaris(ホラリス)』に至る旧キャスティングロード時代からの5年間。株式会社ミライルは、上場企業グループ傘下でありながら、暗闇の中でプロダクトの原型を磨き続けてきた。
売れないプロダクトを前に、いかにして「短期の利益(点)」から「LTV(線)」へと舵を切り、社外パートナーであるHumAInとともにアジャイルな共創関係を築き上げてきたのか。ミライル取締役副社長の上戸健一氏と、伴走パートナーであるHumAInの菊池健生が、現場推進の裏側にある「泥臭いグロースのインサイト」を紐解く。
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HRaris(ホラリス)とは、株式会社ミライルが提供する初期費用・月額費用0円で使える(※基本プラン)採用データを「見える化」し、AI採用コンシェルジュとの対話支援を通じて、データ×AIの力で採用課題を解決する採用支援プラットフォームです。2026年6月16日にサービス提供開始。前身は「採用見える化クラウド」および「採用コンシェルジュ」
💡 INSIGHT SUMMARY
- プロダクト無しの時代から生まれた原点: グループ内のExcel集計から始まった現場の課題意識。「応募数」ではなく「定着・稼働」を見つめた原点が、後の事業コンセプトの土台となった(ミライル副社長 上戸健一氏)。
- 売れないプロダクトが生んだ転機: 最初から完成されたプロダクトなど存在しない。「作れば売れると思ったシステムがまったく売れない」という現実から顧客の真の課題に向き合い、ツール販売からソリューション(処方箋)提供型へシフトした(ミライル副社長 上戸健一氏)。
- 「空中戦」と「地上戦」の相克を乗り越える: 将来の大きなビジョン(空中戦)を追い求めつつも、足元の業績や運用体制(地上戦)を泥臭く積み重ねることでのみ、新規事業は生存できる(ミライル副社長 上戸健一氏 / HumAIn 菊池健生)。
- 発注者・受注者を超えた「共創関係」: 単なるシステム開発ベンダーではなく、同じ熱量で事業の未来を描き、社内研修や泥臭い現場調整まで一手に引き受ける「当事者パートナー」の存在が不可欠である。
1. ミライル上戸副社長が語る「まったく売れなかった」——前身プロダクトで直面した最大の誤算と、LTV戦略への転換
菊池 健生(HumAIn):
今回の『HRaris(ホラリス)』に至るまで、ミライルさんにはプロダクトすら存在しなかった「原点の時代」があったと伺っています。どのような現場課題からこのプロジェクトは始まったのでしょうか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
元々プロダクトなんて無くて、始まりはグループ内の購買業務や派遣事業の現場で、採用データをExcelを使って膨大な工数で集計していたことでした。
当時の現場は「応募数を取ること(集客)」に注力していましたが、蓋を開けてみると現場の稼働につながらない。集客目標は達成しているのに現場は潤わず、「数ばかり集めても採用につながらないじゃないか」という強い溝があったんです。
しかも採用できてもすぐに辞めてしまったり、週2日の稼働の人もいれば週5日の人もいて、1人あたりの収益構造が激しく変動する。そこで「本当に採りたい人が採れているか」「長く収益につながる採用ができているか」を可視化するために、Excelで泥臭く分析を始めたのがすべての原点でした。
菊池 健生(HumAIn):
そのExcelの分析ノウハウを「採用見える化クラウド」としてシステム化し、外販し始めたのが次のフェーズですね。そこでの一番の想定外は何だったのでしょうか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
一番の想定外は、「自分たちのノウハウをシステム化すれば絶対に売れる」と思っていたツールが、驚くほどまったく売れなかったことですね(笑)。
世の中に管理ツールやExcelは既に溢れていますし、コロナ禍で主軸の派遣事業が縮小し、新規事業に十分なプロモーション費を割けない二重苦もありました。しかし何より、採用現場が求めていたのは「データが見える化されること」ではなく、「で、うちの採用課題はどう解決してくれるの?」という『処方箋』だったんです。可視化ツールを渡されただけでは、現場は動けなかった。
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「最初はシステムを売る(切り売りする)ことばかり考えていた。 だが顧客が求めていたのはツールの導入ではなく、採用成功というゴールに寄り添い続けてくれる『パートナー』だった」
(株式会社ミライル 取締役副社長 上戸 健一 氏)
菊池 健生(HumAIn):
その売れない挫折から、どうやって軌道修正を図ったのでしょうか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
単発のシステム販売を諦め、「分析ツールは無料で提供し、顧客の採用ゴールに伴走する中でLTV(顧客生涯価値)を最大化する」というモデルに180度舵を切りました。
目先のツール売上を追うのをやめ、データをもとに顧客の真の課題を紐解いて、適切な解決策(求人施策やAIコンシェルジュ)を継続提案する。売れなかったからこそ、顧客と深く長く付き合う覚悟が決まり、後の『HRaris』誕生につながる最大の転換点になりました。
2. 課題の因数分解:新規事業を殺す「空中戦(ビジョン)」と「地上戦(足元)」のバランス
菊池 健生(HumAIn):
新規事業を進めていく中で、理想の未来を描く「空中戦」と、足元の数字を作る「地上戦」のギャップに苦しむプロジェクトは非常に多いです。上戸副社長はどのようにそのバランスを取っておられたのでしょうか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
新規事業って、油断するとすぐ「空中戦」に逃げたくなるんですよ。「3年後にはこうなる」「5年後にはHRのインフラになる」って(笑)。でも、足元の業績や運用体制という「地上戦」を泥臭く積み上げないと、投資を続けるための原資も信頼も生まれない。
事業責任者の山下が描く高い思想(空中戦)に対して、僕が「で、今月の足元の数字はどう作るんだ?」「売上を2倍にするには既存のやり方じゃダメだぞ」と突きつけ続ける。この社内での激しいプロレスがあったからこそ、事業が空中分解せずに済んだのだと思っています。
菊池 健生(HumAIn):
「理想を追う推進者」と「足元を固める決裁者」という健全な衝突があったからこそ、事業の骨組みが鍛え上げられたわけですね。
新規事業の現場では、最初から完成されたロードマップなど存在しない。理想の将来構想(空中戦)ばかりを語れば足元のキャッシュが尽き、目の前の数字(地上戦)だけに追われれば既存事業の下請けに成り下がってしまう。
上戸副社長と菊池の対談から見えてきた「事業グロースの推進軸」を因数分解すると、失敗に陥るパターンとの間に明確な対比が見えてくる。
新規事業グロースにおける「失敗パターン」と「ミライルが導き出した推進軸」
| 推進軸 | 陥りがちな失敗パターン | ミライルの経営判断(グロース軸) |
|---|---|---|
| 目標設定 | 単年度の売上・導入件数のみを追う(短期思考) | LTV(顧客生涯価値)を最重要指標に据え、長期的信頼を構築 |
| プロダクト定義 | 「自社のノウハウ」を詰め込んだツール販売 | 分析は「無料」で提供し、課題解決のソリューションで収益化 |
| 現場と経営の乖離 | ビジョン(空中戦)と足元の数字(地上戦)が分離 | 「売上2倍にするにはどうする?」という飛躍の問いで構造改革 |
| パートナー関係 | 仕様書通りに作る発注・受注(受託)関係 | 会社の垣根を超え、社内研修や要件定義まで共に行う「当事者チーム」 |
※上記で示される「理想(空中戦)と足元(地上戦)を泥臭くすり合わせ、LTV軸で伴走するグロースモデル」こそが、不確実な時代において『STUDIO INSIGHT』が提示する本質的な事業推進インサイトである。
3. 仮説検証プロセス:ミライル上戸副社長とHumAInが直面した5年目の「誤算」を「確信」に変えた、予期せぬターニングポイント
菊池 健生(HumAIn):
通常、システム開発や事業立ち上げにおいて、社外パートナーとは「仕様書通りの受託関係」になりがちです。ミライルさんがHumAInを単なるベンダーではなく「共創パートナー」として選ばれた背景には、どのようなエピソードがあったのでしょうか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
一番象徴的だったのは、菊池さんがうちの会議室のホワイトボードの前に立ち、ミライルの社員向けに無料の営業研修を汗だくでやってくれたことですね(笑)。
当時は営業担当の人数が少なく、既存のBPO運用から新規営業へシフトさせなければいけない苦しい局面でした。開発会社の人間が、なぜそこまでうちの泥臭い社内教育やマインドセットまで手を出してくれるのかと驚きましたよ。
菊池 健生(HumAIn):
僕からすれば、「プロダクトだけ納品しても、ミライルの現場の皆さんが売れるようにならなければ、この事業自体が潰れてしまう」という危機感があったからです。事業を成功させるためなら、職種や会社の垣根なんて関係なかった。
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
あの透明なホワイトボードに、菊池さんが『HRaris』の価値提供イメージを即興で描いてくれた時のスクショは、今でも僕のスマホに残っています。あの絵を見た瞬間、「あ、これなら勝てる。本格的に事業を加速させよう」と社内手続きを始める覚悟が固まりました。
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※写真は2023年8月にHumAInのオフィスで山下氏と菊池が未来の事業構想を語ったときのもの
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
単なる開発会社ではなく、「僕ら以上に僕らの事業の成功を信じ、泥をかぶってくれる当事者」だったからこそ、5年間の「想定外の荒波」を一緒に乗り越えてこられたのだと感じています。
前身となる「採用見える化クラウド」の立ち上げから5年間、事業モデルは二転三転した。当初描いた事業計画書は早々に形を失い、現場は手探りの検証を繰り返すこととなる。
5年間のピボットと仮説検証の軌跡
| フェーズ | 当初の仮説・状態 | 直面した「想定外の壁」 | 軌道修正(次の一手) |
|---|---|---|---|
| 1. 黎明期(プロダクト無) | 社内派遣業務の効率化を目指し、Excelで採用・稼働データを集計 | 応募数は取れるが定着せず、現場と集客側の間で溝が発生 | 応募単価ではなく「定着・稼働(LTV)」を追う分析手法を確立 |
| 2. 立ち上げ期 | Excelノウハウを「採用見える化クラウド」としてシステム化・外販 | 「分析結果が見える」だけでは顧客は動かず、まったく売れない | 分析自体は「無料化」し、解決策(処方箋)で収益化する方針へ転換 |
| 3. 模索期 | 自社で求人媒体・代理店機能を抱えて顧客提案を行う | 顧客の期待に応えきれず、人件費と運用コストが肥大化 | 自社で抱えず、外部パートナーと共創する『三方良し(連盟)』モデルへ構築 |
| 4. 転換期 | 人力コンサルタントによる伴走支援(採用コンシェルジュ) | 事業が伸びるほど人件費が膨らみ、派遣事業と同じ利益構造に陥る | 人力を「AI化」し、プロダクト×AIで限界突破を図る『HRaris』へ結実 |
4. 明日へのインサイト:不確実な荒波を進む挑戦者たちへ
菊池 健生(HumAIn):
5年間、何度も事業の存続があやぶまれる壁にぶつかりながらも、最終的に『HRaris』のリリースまで漕ぎ着けることができた最大の要因は何だったと考えていますか?
上戸 健一 氏(ミライル副社長):
一言で言えば、「想定外の事態が起こることを、最初から想定しておくこと」ですね。
新規事業において、計画通りに事が進むことなんて100%ありません。「売れない」「メンバーが辞める」「仕様変更を迫られる」なんて日常茶飯事です。
大事なのは、トラブルが起きた時に「船を降りる理由」を探すのではなく、「じゃあどうやってこの荒波を乗り越えるか」とアジャイルに変化し続けること。顧客の課題も市場の環境も刻一刻と変わるのだから、僕たち自身がそれ以上のスピードで変化していかなければ生き残れません。
「変化こそが唯一の定数である」——このマインドを胸に、腹をくくって泥臭く粘り倒すこと。それこそが、不確実なロードマップを突き進むすべての挑戦者に必要なインサイトだと信じています。
<第3部へ続く>