株式会社ゴーリスト
代表取締役
加藤 龍 氏かとう・りょう/関西大学を中退後、人材系ベンチャー企業へ。新規事業や新卒採用に携わり、グループ会社代表として人材紹介事業を展開。その後IT・Web領域の新規プロジェクトを統括、技術系ベンチャーの経営コンサルを経て2011年、株式会社ゴーリストを創業。
INSIGHT SUMMARY
- 顧客の「欲しい」の罠:事前インタビューの好感触は単なる応援に過ぎない。顧客がすでに予算を持っている「既存の財布」の枠組みへプロダクトを適合させることが生存の鍵。
- 高単価ライスワークによる耐久戦:短期の成果に縛られず、「できること」×「時間投下」で資金を稼ぎ、プロダクト開発と検証の時間を死守する。
- 「楽な稼ぎ」という心地よい毒:成長に繋がらないが高単価を生み出せることに気づいた瞬間、全契約をバッサリ切った。楽に稼げる道への逃げが、本来の事業を蝕む最大のリスクだと知っていたから。
1. 「欲しい」と言った顧客が誰一人買わなかった絶望からのスタート
新規事業の立ち上げにおいて、最も危険な罠は「顧客の善意の言葉」を鵜呑みにすることだ。
株式会社ゴーリストが求人データ分析サービスHRogチャートの前身となるサービスを立ち上げる際、代表の加藤氏は事前に見込み顧客へ丁寧なヒアリングを行っていた。「こういうサービスがあったら使うか」と尋ね、相手からは「欲しい」「応援するよ」という前向きな返事を得ていた。
しかし、いざ正式なプロダクトを持参すると、状況は一変する。
加藤 氏:「起業しました、これ見てください」って提案しに回りましたけど、結果は全滅でした。「社内稟議を通すよ」と言われながら、「設立1年未満の会社とは取引できない」といった理由が次々とついて、誰一人導入してくれなかったんです。起業したての前向きな姿勢に対して「いいよ」と言ってくれただけで、いざ導入となると社内で「これ何のために導入するの?」と突っ込まれて、論破できなかったんだと思います。
「0から1を生み出すプロダクト」は、顧客の社内に購入するための既存の予算(財布)が存在しない。どれだけ絶賛されても、決裁権者が社内を説得して新しい予算を獲得するほどの切実な理由がなければ、契約書に印鑑が押されることはないのだ。
2. 楽な下請け化を防ぐ「短時間・高単価」ライスワーク戦略
プロダクトが売れない暗黒期において、事業を存続させるための資金稼ぎ(ライスワーク)は避けられない。しかし、ここで多くの起業家が時間の切り売りに陥り、プロダクト開発の時間を失って自滅していく。
加藤氏が取ったアプローチは、コンサルティングであった。
加藤 氏:プレイヤー業務には基本入らず、ディレクション、チームのマネジメント、戦略立案という領域にポジションを取った。そっちの方が競合は少ないし、決裁者にも響くからです。納期に追われない高単価なコンサルを5社ほど契約して資金を確保して、余った時間で夜な夜なプロダクトの改善を進めました。
そして、もう一つの罠が待ち構えていた。稼げる環境そのものが生む心地よい毒だ。
加藤 氏:月8時間で50万円もらえるクライアントを4社。32時間で200万円が手元に入っていた。楽だし、感謝されるし、気持ちいい。だからこそ「これは絶対やばい毒薬だな」と気づきました。人間は楽で稼げる方に一度逃げると、自社事業や組織づくりの苦労に向き合えなくなるんです。
プロダクトのストック収入で食べていける目処が立った瞬間、加藤氏はすべてのコンサル契約をバッサリと切った。目先の「心地よい楽な稼ぎ」を断ち切り、退路を絶って自社のプロダクトと組織に全精力を傾ける決断を下したのだ。
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3. 顧客の「財布がある場所」へのピボットと、創業時から描いていたビジョン
当初、市場分析ツールとして提供しようとしていたサービスは全く売れない日々が続いた。転機は、あるお客さんからの何気ない一言だった。「これ、営業リストとしては使えないの?」
加藤 氏:その瞬間に「そのオプションもありますよ!」と即答しました。VRゴーグルを売ろうとしていたけれど、どうやらこの素材はスマホにもなる。スマホはみんな使っている、つまり営業リストはみんな使っていて、そこに不満がある。だからプロダクトをそちらに変えた。営業リストなら毎月ストックで売上が入ってくる。そこから一気にHRogリストという新プロダクトは展開していきました。
さらに加藤氏は、開発責任者であるCTOを営業現場へ投入する。
加藤 氏:「これを俺は売りたい。絶対売れる、絶対必要だから。どうやったら売れるか、営業と一緒に回ってきて」——そう頼んで、一緒に現場を回らせました。そこからチャートには検索スピードが大事だとか、ピボットテーブルの機能を作れば良いといったアイデアが次々と出てきて、HRogチャートも一気に磨き上げられていきました。
売れるようになってきたと実感したのが創業から3年、単体で黒字化したのは起業して4年目。しかしこの道のりは、偶然の産物ではなかった。
加藤 氏:地銀や内閣府といった公的機関が使うプロダクトにするというビジョンは、最初から決めていました。ニュースで「ゴーリスト調べ」と出るくらいのものを作る。目標は変えず、そこに向かう手段は何でも変える。それだけでした。
開発者を現場に巻き込んで爆速で改善を回す。この一連のピボットを経て、『HRogリスト』は官公庁や大手金融機関、国が採用するサービスへと大きな成長を遂げた。
【「売れないプロダクト」から「市場に刺さるサービス」への転換構造】
| 評価軸 | 失敗期(0→1初期) | 成功期(ピボット後) |
|---|---|---|
| プロダクト定義 | 高度な分析ツール(市場分析チャート) | 顧客の既存業務に刺さる営業リスト |
| 顧客の購入枠 | 新規予算の獲得が必要(ハードル高) | 既存の販促・営業予算(即決可能) |
| 開発体制 | 営業と開発の分断 | CTOを営業現場へ投入しアジャイル改善 |
| 収益モデル | 単発販売(売上不安定) | 毎月積み上がるストック型モデル |
明日へのインサイト:理想を追う前に「顧客の財布」を探せ
「こんな良いサービスだから買ってもらえるはずだ」というプロダクトアウトの思い込みは、新規事業を死に至らしめる。重要なのは、顧客が日常的に支払っている「既存の財布(予算枠)」がどこにあるのかを見極め、そこに自社の強みをアジャイルに適応させる柔軟性だ。理想のプロダクトを追求する前に、顧客の財布のありかを地道に探し当てることが、事業生存の第一条件である。
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