百貨店の売り場は、オンラインのEコマースにはない情報の宝庫だと言われます。来店客がどの商品の前で足を止め、何を手に取り、店員とどんな会話を交わし、最終的に購入に至ったのか、あるいは至らなかったのか。こうした対面接客の一次情報は、これまで現場の店員の感覚やブランド側の事後ヒアリングに頼る部分が大きく、データとして体系的に活用されてきたとは言えません。株式会社大丸松坂屋百貨店は2026年10月15日、大丸東京店9階の体験ストア「明日見世(あすみせ)」において、出品ブランド向けの新サービス「明日見世インサイト(asumise insight)」を2026年10月21日より開始すると発表しました。百貨店の店頭で得られる接客データとAIを掛け合わせ、ブランドが「なぜ選ばれ、なぜ見送られるのか」を可視化するというサービスです。
発表の要点:「場」の運営から、接客データの提供へ
「明日見世」は、大丸松坂屋百貨店が運営する複合型体験ストアです。2021年10月に開業し、「買う」から「出会う」をコンセプトに、商品の試用に加えてカフェやイベントなどを展開してきました。約3カ月ごとにラインアップを入れ替え、300以上のブランドから厳選したアイテムを提案する場として運営され、2024年9月には大丸東京店9階へ移設・リニューアルしています。今回の「明日見世インサイト」は、この5周年のタイミングで始まる新サービスです。
プレスリリースでは、サービスの内容について次のように説明されています。
百貨店の店頭で得られるリアルな接客データとAIを掛け合わせ、ブランドが「なぜ選ばれ、なぜ見送られるのか」を捉え、”売る”の構造や「勝ち筋」「改善点」を可視化し、次の一手につながる意思決定データを提供します。
提供内容は大きく3つに整理されています。第一に、来店状況や接客内容、顧客の反応・声といった、対面接客を通じてしか得られない一次情報の収集・分析です。第二に、購入の有無だけでなく「顧客がどの段階で迷い、何が購入のきっかけとなったのか」まで踏み込んだ分析で、プレスリリースはこれを「なぜ買わないのかまで可視化」と表現しています。第三に、分析結果をダッシュボードやCSV形式で提供し、出品ブランド側の商品開発・販促・CRMといった意思決定に活用できるようにする、というものです。サービスは2026年10月21日から2027年1月19日まで、大丸東京店9階「明日見世」の出品ブランドを対象に実施されます。
なぜ「データ事業」へと役割を広げたのか
今回の発表を意思決定として捉えるなら、注目すべきは「明日見世」が単なる場所貸し・場の運営にとどまらず、接客データの分析・提供という新しい役割を引き受けた点です。
百貨店の店頭には、ECサイトのアクセスログやカート離脱データとは性質の異なる情報が蓄積されています。顧客が商品を手に取ってから迷い、店員に質問し、結果として購入する、あるいは購入を見送る、という一連のプロセスには、価格や機能だけでは説明できない要因が絡みます。こうした対面でのやり取りは、これまで出品ブランド側が店頭に足を運んで観察するか、店員からの伝聞に頼るほかなく、再現性のある形で把握することは難しいものでした。
「明日見世」は、約3カ月ごとにラインアップを入れ替えながら300以上のブランドを受け入れてきた実績から、継続的に接客データが蓄積される環境を持っています。5周年という節目で、この蓄積を「場を提供して終わり」にせず、出品ブランドの意思決定を支えるデータ提供サービスへと転換した背景には、百貨店という業態が持つ対面接客の情報優位性を、収益源の多様化にもつながる形で事業化しようという判断があったと考えられます。実店舗における接客という、これまで定量化が難しかった領域をAIで解析可能にすることで、出品ブランドにとっての出店価値を「来店者数」や「売上」といった結果指標だけでなく、「なぜ売れたか・なぜ売れなかったか」という過程の可視化にまで広げた点に、今回の発表の意思決定としての軸があります。
読者への示唆
新規事業や新サービスの立ち上げを担う読者にとって、「明日見世インサイト」の事例が示唆するのは、既存の事業基盤が持つ一次情報の価値を、どう次の収益機会に転換するかという視点です。実店舗やリアルな顧客接点を持つ事業者にとって、そこで日々発生している接客ややり取りは、放っておけば蓄積されるだけで終わってしまう情報でもあります。それを構造化し、関係者(この場合は出品ブランド)の意思決定に資する形へ加工し直すという判断は、業態を問わず参考になる視点ではないでしょうか。
■株式会社大丸松坂屋百貨店について
名称 :株式会社大丸松坂屋百貨店
所在地 :東京都江東区木場二丁目18番11号
代表者 :宗森 耕二
設立 :2010年3月
事業内容:商業(卸売業、小売業)
URL :http://www.daimaru-matsuzakaya.com/
株式会社大丸松坂屋百貨店・2026年10月15日のプレスリリースより引用