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株式会社エボルブ
取締役
舛谷 康太朗 氏
(ますたに・こうたろう)キッチンメーカーで生産管理などを経験後、倒産に伴い、システム系の専門学校を経て、ITベンチャー(現エボルブ)へ参画し、取締役に就任。AIプロダクトのTalkmatePRizmoを立ち上げる。


INSIGHT SUMMARY(本記事のポイント)

ピボットの真実:ゲーム開発からAI事業への転換は「市場のトレンドに乗った」のではなく、根底にある「目の前の人の心を動かす体験の設計」という強み(コア)を別の領域に解放したに過ぎない。

一問一答(手段)の罠:世の中のAI活用が「正解を早く返す業務効率化」に偏重する中、「ユーザーが本当に求めている文脈や体験」から逆算し、対話の心地よさを作る『感情接続型AI』を提唱。

新規事業の判断軸:プロダクト開発のコストが劇的に下がった現代において、機能スペックの競争は無意味。「自社が目指す体験(目的)」をブレずに保持し続けることこそが、プロダクトに命を宿す。

会社は潰れても、自分自身の「手に職」は裏切らない

「新卒3年目で、会社って本当に潰れるんだなという強烈な原体験があったんです」

そう静かに語り始めるのは、株式会社エボルブの取締役・舛谷康太朗氏だ。工学部出身でキッチンメーカーに新卒入社するも、わずか数年で勤務先が倒産。突如として「ニート」になった過去を持つ。

「会社の力ではなく、自分自身が他人に負けない技術(手に職)を持たなければ話にならない」

その危機感からJavaや立ち上がり始めたAndroidのプログラミングを独学で猛勉強し、システム系の専門学校を経て、ITベンチャーへと参画、分社化を経て、グループのエボルブへ。携帯キャリア向けのソーシャルゲームや着せ替えアプリなど、数々のエンタメコンテンツ開発の最前線でコードを叩き続けてきた。

しかし、エボルブの歩んできた軌跡は、単なる「ゲーム開発会社の成長ストーリー」では終わらない。

同社は近年、ゲーム開発で培った高度な表現力と技術を注ぎ込み、対話型AI「PRizmo(プリズモ)」をはじめとする『デジタル社員事業』へと大きな舵を切った。

世の中に「AIによる業務効率化」を謳うツールが溢れかえる中、なぜ彼らは一線を画す「感情接続型AI」というアプローチに辿り着いたのか。その裏側には、舛谷氏が抱く「体験」への異常なまでのこだわりがあった。

ゲームを作っていたのではない。最初から作っていたのは“体験”だった

ゲーム開発会社が、B2B向けの「AIデジタル社員」事業を立ち上げる——。

外部から見れば、市場のAIブームに乗った「思い切った事業転換(ピボット)」のように映る。しかし、舛谷氏の感覚は大きく異なっていた。

舛谷氏(エボルブ):世間からは「ゲーム会社からAI事業へピボットした」と見られがちですが、僕たち自身は昔から「ゲーム専門会社」という自覚すら持っていなかったんです。当時からもゲームの案件規模が大きかったので主力事業に見えていましたが、着せ替えアプリや便利ツールなど、常に「ユーザーの体験」を作る案件を手掛けてきました。

だから、ゲームをやめてAI事業を始めたわけではありません。確かにAI事業の比重は大きくなりましたが、今もゲーム開発はしっかりと続けています。ChatGPTの初期モデル(3.5)やStable Diffusionが登場した時に、純粋に「この技術で新しい体験を作ったら絶対に面白い」とワクワクした。ただそれだけなんです。

その「ワクワク」が決定的な形となったのは、プロンプトを試行錯誤していたある日の社内での出来事だった。

生成AIで作った人間らしいキャラクター画像を画面に配置し、そのAIとチャットで会話をしてみた。すると、テキストだけの無機質なやり取りとは明らかに異なる「そこに人がいて、自分と話してくれている感覚」が立ち上ったという。

舛谷氏(エボルブ):愚痴や他愛もない話を聞いてもらった時、自分の心がすーっと満たされていく感覚があったんです。「自分のことをちゃんと分かってくれる存在って今何人います?狙ってその存在と出会うのは難しく、運要素が大きかった。技術でここまで自分のことを理解してくれる体験(心地よさ)が再現できる時代が来たのか、これはエグいぞ」と。この体験を世の中に届けることこそが、僕たちの新しい挑戦になりました。

 「お腹空いた」に正解を返すな。会話のコンテキストを読め

世の中のAI活用やチャットボット開発の多くは、「いかにユーザーの質問に対して正確な正解(一問一答)を早く返せるか」という機能的効率化に躍起になっている。

だが、舛谷氏は「それでは人の心は一切動かない」と断言する。

舛谷氏(エボルブ):例えば、AIに向かって「お腹空いた」とポロッと言ったとしますよね。その時、AI側はまだ何も状況が分かっていないのに、「夏バテに効く料理はこれで、胃が痛い時はこのレシピです」って即座に提案してきたらどう思います?「ごめん、俺は何を食べたらいいか聞いてないねん」って冷めますよね(笑)。分からないまま勝手に正解を出して提案してくるから不自然なんです。

人間の場合、状況が分からない時は勝手に答えを出さずに、「今からお昼ご飯なの?」「何か食べたいものある?」って、まず相手に質問するじゃないですか。そこで「お昼ご飯じゃなくて、あと2時間会議が続くからご飯が食べられなくて辛いねん」と返ってくるからこそ、「あと2時間我慢か、それは辛いな。終わったら何食べるか考えて紛らわそうや」という自然な対話の流れになるんです。 

世の中のAI開発は、「お腹空いた」という単語に反応してナゾナゾの正解を返そうとするものばかり。僕たちが作りたいのは、そういう一問一答のツールではなく、相手の状態や文脈を読み取って「この人、分かってくれているな」と感じてもらえる対話体験そのものなんです。

この思想から生まれたのが、エボルブのデジタル社員サービス「PRizmo」だ。

画像は実際のサービスイメージ。佐藤まなみさんが応対してくれる。

単なるQ&Aボットではなく、企業のWebサイトや採用現場において、「もしここに親切な人が立っていたら、どんな体験が生まれるか」を追求して設計されている。

比較軸 従来のチャットボット・AIツール エボルブの「デジタル社員(PRizmo)」
思想 正確な答えを一問一答で即座に返す(機能重視) 文脈や状態を読み取り、心地よい対話を生む(体験重視)
方法 ユーザーに質問・検索をさせ、最短で離脱させる 匿名で本音を話せる「相談相手」として滞在・関係構築
評価 応答精度、問い合わせ削減率 ユーザーの信頼度、エンゲージメント、潜在声の回収

例えば、新卒採用サイトにPRizmoを設置した場合、学生は「面接でこんなことを聞いたら評価が下がるかも」と人事には聞けない本音や悩みを、匿名でデジタル社員に打ち明ける。結果として企業側は、今まで拾いきれなかった求職者の生々しい本音やニーズ(一次情報)を大量に回収できるようになるのだ。

体験は「作る」ものではなく、「働きかける」もの

インタビューの中で、舛谷氏は「提供者側が体験そのものを直接コントロールすることはできない」と語る。

「こちらが『親切に説明した(したこと)』としても、相手が『監視されている、面倒だ(起きたこと)』と感じたら、それが相手にとっての事実になる。体験とはこちらが完成させて渡すものではなく、相手の中に生まれるものだ」という考え方だ。

舛谷氏(エボルブ):だから僕らは、相手の中に理想の体験が生まれるように「働きかける」ことしかできません。

例えば、新しいプロジェクトでプロダクトのデモを出す時、毎回めちゃくちゃ怖いんですよ。システム的には要件通りに動いていても、相手が「あ、分かってくれているな」と感じるかどうかは0か100か。外したら終わりです。

だからこそ、開発の前に徹底的にシミュレーション(思考)します。例えば、採用関連サービス向けのデジタル社員なら「採用担当者は毎朝どんな気持ちでPCを開くのか」「求職者はどの瞬間に不安になってこの画面を見るのか」。専門用語やスペックではなく、その人の時間の流れ(ストーリー)を自分自身で追体験しながら、心地よい応答の形を探っていくんです。

明日へのインサイト:作るコストが下がる時代、問われるのは「目指す体験」の解像度だ

プロダクト開発における生成AIの活用が進み、コードを書くコストやプロトタイプを作る時間は劇的に下がった。アイデアさえあれば、誰でも一瞬で「機能」を作れる時代が到来している。

そうした時代において、新規事業に挑む事業家やリーダーが持つべき真の判断軸とは何なのか。舛谷氏は力強くこう締めくくった。

舛谷氏(エボルブ):作るコストが下がったからこそ、機能スペックの競争には何の意味もなくなります。これからの新規事業で最も重要なのは、「自分たちはどんな体験を作りたいのか」というコア(目的)を絶対にブレさせないことです。

AIに指示を出す時も同じです。核となる体験のビジョンがブレていると、AIが出してきたそれっぽい答えに流されて「俺たち何を作っていたんだっけ?」と迷走してしまう。

何のためにこの事業をやるのか、目の前の人にどんな体験(感情の変化)を残したいのか。そこさえ社内全員で握れていれば、プログラミングや実装のスピードは今の時代、圧倒的に加速します。機能の先にある「体験」に泥臭く向き合い続けること。それこそが、これからの事業開発における唯一の生存戦略だと思います。